2022.09.27
『秘密の森の、その向こう』あらすじ
8歳のネリーは両親と共に、森の中にぽつんと佇む祖母の家を訪れる。大好きなおばあちゃんが亡くなったので、母が少女時代を過ごしたこの家を、片付けることになったのだ。だが、何を見ても思い出に胸をしめつけられる母は、一人出て行ってしまう。残されたネリーは、かつて母が遊んだ森を探索するうちに、自分と同じ年の少女と出会う。母の名前「マリオン」を名乗るその少女の家に招かれると、そこは“おばあちゃんの家”だった──。
Index
標本瓶に詰められた秋
「子供の頃を思い出すと秋を思い出します。秋は故郷のように感じられます」(セリーヌ・シアマ)*
セリーヌ・シアマの『秘密の森の、その向こう』(21)は、過ぎてゆく秋を標本のようにパッケージしていく宝物のような傑作だ。前作『燃ゆる女の肖像』(19)に続きカメラマンを務めたクレア・マトンが捉える暖色を基調とする紅葉の風景は、少女が経験する慎ましいファンタジーの儚さと共鳴している。セリーヌ・シアマは変わりやすい秋の風景、紅葉の風景を、映画という「標本瓶」の中に収めていく。少女が体験するたった一度の季節への「さよなら」を留めるために。標本瓶に収められた季節。標本瓶の中で響き合う思い出。
本作は介護施設のいろんな人に「さよなら」を告げて回る少女ネリーの姿から始まる。亡くなった祖母の家に片付けのため向かう一家。真っ暗な部屋の中でネリーは母親とハグをする。お互いに「さよなら」を言う。そして何かを確かめるように、もう一度「さよなら」を唱える。小さな呪文のように。あるいは幸運のおまじないのように。
『秘密の森の、その向こう』ⓒ2021 Lilies Films / France 3 Cinéma
灯りの消えた部屋の中で、母親は影の輪郭だけを残して画面から消えていく。暗闇に目が慣れてくると、次第に何かが見えてくる。母親はこのような謎めいたメッセージを娘に残して、翌朝にいなくなってしまう。ここから映画は超自然的なファンタジー、タイムトラベルに向かっていく。本作には『バック・トゥ・ザ・フューチャー』(85)のデロリアンのようなタイムトラベルのマシンは出てこない。少女は童話のクリシェに倣うように森に導かれていく。そして森の向こうにもう一つの世界があることを発見していく。そこで主人公ネリーによく似た少女マリオンと出会う。
しかし母親の残したメッセージのことを考えるとき、ネリーは覚醒したまま夢を見ているということになる。ネリーは灯りの消えた寝室の壁から豹が浮かび上がってくるのを静かに待っていた。寝室の壁というスクリーン。そこに投影される就寝前のベッドタイム・ストーリー。セリーヌ・シアマは、仕掛けを使わずに映画内映画という入れ子構造のフェアリーテイルを描いているのかもしれない。そして少女が壁に浮かび上がらせた幻影には、母親が母親という役割を担うようになる以前の物語が綴られていた。