2022.09.27
対等性に向かうファンタジー
祖母の住んでいた家に車で向かう際、ネリーは後ろの席から手を伸ばし運転席の母親の口元に食べ物や飲み物を次々と与えていく。まるで母親が子供の食事の世話をしているかのような少女の行動。思いのほか長く続くこのユーモラスなシーンで、母と娘の関係は逆転している。セリーヌ・シアマは、これまでの作品がそうであったように登場人物の対等な関係性を構築していく。
亡くなった祖母の家と同じ間取り、同じ模様の壁紙が貼られたマリオンの家。この奇妙な家の中で、ネリーはマリオンの行動をとても注意深く観察している。セリーヌ・シアマは、少女が向ける視線の一つ一つを丁寧に記録していく。マリオンと向かい合ってテーブルに座るネリー。心の中で「何かがおかしい」と感じているであろうネリーを捉えるカメラが、圧倒的に素晴らしい。ネリーは自分が直面している不安や恐れを悟られないよう表情を変えずマリオンと接している。半開きにしたドアの向こうのベッドで寝ている「自分のよく知っている人」を覗き見たネリーは、驚きのあまりセーターを裏表反対に着たまま急ぎ足で家に戻る。そして父親がどこかに行ってしまったのではないかと心配する。
『秘密の森の、その向こう』ⓒ2021 Lilies Films / France 3 Cinéma
森の中でマリオンと出会ってからのネリーは急速に成長していく。ネリーの小さな身体に、成長することの激しさ、痛み、高揚感が秋の色彩と共に刻まれていく。父と娘だけの生活。たとえば、父親にタバコの健康への害を忠告するシーンや、髭剃りを手伝うシーン。ここでセリーヌ・シアマは、父と娘による親子関係の図を保ちつつ、関係性の逆転、そして対等な関係性へ向けた構築を図ってる。父と娘の関係性は、あるとき息子と母親のような関係性になったかと思えば、ついには対等なパートナー関係の様相さえ浮かび上がらせていく。
かつてセリーヌ・シアマは『トムボーイ』(11)で子供を描いたことがある。性的なアイデンティティに揺れる主人公が、自分が心から望んでいる「男の子としての役割」を他者の視線を何一つ気にせず全うすることができた、『トムボーイ』の奇跡的な時間のことを思い出さずにはいられない。小さなガールフレンドの前で、主人公は自分のありたい自分でいることができた。残酷にも束の間の時間ではあったが、ここには正しい対等性があった。