1. CINEMORE(シネモア)
  2. 映画
  3. サブスタンス
  4. 『サブスタンス』強烈かつ斬新なスタイルながらハリウッドの歴史もなぞる超怪作
『サブスタンス』強烈かつ斬新なスタイルながらハリウッドの歴史もなぞる超怪作

(c)2024 UNIVERSAL STUDIOS

『サブスタンス』強烈かつ斬新なスタイルながらハリウッドの歴史もなぞる超怪作

PAGES


74年前の名作と重なるキャリアの復活劇



 エリザベスが暮らす高級アパートメントからは、ロサンゼルスの街を見下ろすことができる。広大なリビング、広大な窓が象徴するのは、元人気女優の栄光であるわけだが、50代に差し掛かって、唯一の仕事だったエアロビクス番組を降板させられることになり、エリザベスはサブスタンスに頼らざるを得なくなる。


 ここにはもちろん、ハリウッドにおける俳優、特に女優が年齢を重ねると役が少なくなる現実が痛烈に込められている。コラリー・ファルジャも40代に入った時、女性監督として映画界に居場所がないことを実感し、本作のきっかけになったという。エリザベスの過去の実績は『サブスタンス』で具体的に描かれていないが、ハリウッドのウォーク・オブ・フェームの星に名前が刻まれていることから、それなりのスターであったことがわかる(かなり若い時代にスターだったようで、星の名が年月の風雨に晒された様子も伝わる)。過去の栄光にしがみつくエリザベスの唯一の仕事が、TVのエアロビ番組のホスト役で、ここはファルジャも言っているように、ジェーン・フォンダがモデル。『コールガール』(71)と『帰郷』(78)で2度のアカデミー賞主演女優賞を受賞し、ハリウッドを代表するスターの地位を築いたにもかかわらず、50代に入った1990年代は、その演技力を発揮できる作品に恵まれず、引退を表明(後に復帰)。そのフォンダが1980年代にエアロビクスの普及に励んだことは有名であり、年齢を重ねた元人気女優の設定にぴったりだったようだ。


 その意味でエリザベスにデミ・ムーアは適役だった。監督のファルジャは、何人かの候補者に出演を断られ、ムーアにオファーした際も半ば諦めていたという。しかし脚本を読んだムーアは快諾。デミ・ムーアは『セント・エルモス・ファイアー』(85)などで1980年代に次々と生まれた若手スター(総称してブラット・パックと呼ばれた)の一人として人気を獲得。『ゴースト/ニューヨークの幻』(90)でハリウッドのトップスターに躍り出たのが28歳の時。30代以降も出演作が途切れなかったものの、次なる代表作には恵まれず、報道されるのは私生活ネタがほとんどとなり、“かつての青春映画スター”の烙印を押されていた。エリザベスと、演じる側の素顔が重なったと言える。劇中でのエリザベスの運命とは裏腹に、デミ・ムーアは『サブスタンス』での「恐れるものは何もない」とばかりの熱演によってキャリアが大復活した。



『サブスタンス』(c)2024 UNIVERSAL STUDIOS


 ここで思い出すのが、ハリウッドの歴史だ。同じように、演じる役と、俳優としてのキャリア低迷を重ねて復活を試みたのが、伝説的女優、グロリア・スワンソン。映画のサイレント時代に大スターだったスワンソンは、6度の結婚歴があり(ムーアも3度)、40代になってほぼ引退状態だったのが、50代に入り、『サンセット大通り』(50)で大復活を果たす。同作で演じたのが、「忘れ去られたサイレント時代の女優」と、まさに自分そのもののノーマ・デズモンド役。鬼気迫ると言っていい演技で、スワンソンはアカデミー賞主演女優賞を有力視される(それまで2度ノミネートも無冠だった)。しかし無情にも、オスカーは当時20代で、映画のキャリアが浅かった『ボーン・イエスタデイ』(50)のジュディ・ホリデイにさらわれてしまった。この流れも、2025年のアカデミー賞授賞式で、本命と言われたデミ・ムーアが、『ANORA アノーラ』(24)の20代のマイキー・マディソンに主演女優賞を明け渡した構図とそっくり。


 ちなみにエリザベスから生み出されるスーを演じたマーガレット・クアリーが、『セント・エルモス・ファイアー』でムーアと共演したアンディ・マクダウェルの娘というのも、ハリウッドの歴史という観点から感慨深いものがある。


 このように歴史が繰り返された点に加え、『サブスタンス』では、デニス・クエイドが演じるプロデューサーの横暴ぶりを、あえてえげつない演出で見せるなど、ハリウッド社会への痛烈なメッセージが全編に盛り込まれている。しかしその先にコラリー・ファルジャ監督は、一筋の光明を示した。ウォーク・オブ・フェームのエリザベスの名前は、過去の栄光とともに人々の足で踏まれ、消えていく運命にあるかもしれないが、現実で星の名として刻まれていないデミ・ムーアには、ここから先、新たな輝かしいキャリアが待っている。そんな希望の光こそ、ハリウッドの未来を変えるのでは……と、ファルジャ監督は結果的に自作で訴えることになったのだ。



文:斉藤博昭

1997年にフリーとなり、映画誌、劇場パンフレット、映画サイトなどさまざまな媒体に映画レビュー、インタビュー記事を寄稿。Yahoo!ニュースでコラムを随時更新中。クリティックス・チョイス・アワードに投票する同協会(CCA)会員。




『サブスタンス』を今すぐ予約する↓





作品情報を見る



『サブスタンス』

5月16日(金)公開

配給:ギャガ

(c)2024 UNIVERSAL STUDIOS

PAGES

この記事をシェア

メールマガジン登録
  1. CINEMORE(シネモア)
  2. 映画
  3. サブスタンス
  4. 『サブスタンス』強烈かつ斬新なスタイルながらハリウッドの歴史もなぞる超怪作