2025.05.23
チャオ・タオとの22年
『新世紀ロマンティクス』は、チャオ(チャオ・タオ)とビン(リー・チュウビン)の22年間に渡る関係を軸に展開されていく。この映画の中でチャオは一言も言葉を話さない。しかし歌うシーンはある。言いたいことをたくさん抱えすぎて、言葉を封じ込めてしまった女性。チャオが言葉を話さないのは、彼女の重大な決断である。チャオ・タオのパントマイムのような演技は、どんな言葉よりも雄弁に思える。どの時代においても、チャオは世界の変化の中をただただ漂い続けている。あきらかに年老いていくビンに比べ、チャオがそこまで歳をとっていないように見えることで、不思議なことにこの映画には、チャオの“マルチバース”のような趣が生まれている。
ジャ・ジャンクーとチャオ・タオは、『プラットホーム』(00)以来の公私に渡るパートナーだ。『新世紀ロマンティクス』においてチャオが終始無言を貫くのは、ジャ・ジャンクーとチャオ・タオが出会ったときのエピソードを発展させているように思える。「もし踊りたいのなら、自分が無言であることを想像する必要がある。どんな気持ちや感情を持っていても、ダンスではボディランゲージを通して伝えなければならない」(*1)。ジャ・ジャンクーは、まだ学生だったチャオ・タオがクラスメイトに伝えていたこの言葉をよく覚えているという。それはジャ・ジャンクーがチャオ・タオのことを初めて意識した瞬間だった。初出演の作品にも関わらず、チャオ・タオは『プラットホーム』のキャラクターが纏う衣装について、ジャ・ジャンクーにハッキリと批判の意見を述べていたという。ジャ・ジャンクーはチャオ・タオの意見を受け入れ、彼女の正しさに感激している。ジャ・ジャンクーとチャオ・タオのクリエイティブなパートナーシップの歩み。そう、『新世紀ロマンティクス』という映画は、どこまでもチャオ・タオへの愛に貫かれている。そこが何よりも感動的だ。
『新世紀ロマンティクス』© 2024 X stream Pictures All rights reserved
『青の稲妻』(02)の強烈なシーンが抜粋されている。バスの中でチャオ・タオ演じるヒロインが何度も席に押し戻される暴力的なシークエンス。リー・チュウビンが演じるギャングの男は、暴力によって達成感を得ている。自分の振るう暴力にロマンティズムのようなものさえ感じている救いようのない男だ。『青の稲妻』には、2008年の北京オリンピック招致に湧く群衆の高揚感も記録されている。大きな変革期にある中国と、停滞する個人の生活の関係。『新世紀ロマンティクス』が2001年から始まることについて、ジャ・ジャンクーはインターネットの急速な普及を理由として挙げている。『青の稲妻』の次作となる『世界』(04)では、北京から一歩も出ずに“世界”を体験できる「世界公園」というテーマパークを舞台にしている。『新世紀ロマンティクス』のチャオは、マルチバースな世界における中国の変革の当事者であり、ノマドのように時空を漂う観察者のようでもある。いわば時空を漂うパントマイムの旅芸人。チャオが言葉を発さないことで、観客は彼女の研ぎ澄まされた視覚や聴覚を意識する。彼女が観察する変革の景色。彼女が耳にする街のノイズやポップミュージック。