2025.08.19
「日常系」の原型としての『リンダ リンダ リンダ』が行ったロックミュージックの再定義
『けいおん!』、あるいは同様に4コマ漫画を原作とし、京都アニメーションが2007年にテレビアニメ化した『らき☆すた』など、これらのアニメ作品群を指すゼロ年代半ばに生まれたタームに「日常系」もしくは「空気系」というジャンル用語がある。若い女性の登場人物たちが、大きな事件とも成長や根性などとも無縁に、微温的な幸福感に包まれた日常をわちゃわちゃと送るのが本筋。ダイナミックな「物語」の愉楽から遠く離れて、ほとんどアンチドラマのような、まったりしたコミュニケーションそのものを描くのが特徴だ。舞台は都会ではなく、地方郊外の学園になっていることが多い。
その「日常系」や「空気系」を前倒しで用意した、あるいはスタートさせたのが、アニメではなく実写映画の『リンダ リンダ リンダ』だったということだ。評論家の宇野常寛は2008年刊行の著作『ゼロ年代の想像力』(早川書房)などで、『けいおん!』の前に、同じく京都アニメーションによる『涼宮ハルヒの憂鬱』テレビアニメ版第12話(06)が『リンダ リンダ リンダ』へのオマージュとして作られていることなども指摘しつつ、『リンダ リンダ リンダ』を“「日常系」の原型”と端的に位置付けている。
『リンダ リンダ リンダ 4K』© 「リンダ リンダ リンダ」パートナーズ
また宇野常寛が『ゼロ年代の想像力』で、『リンダ リンダ リンダ』の画期点として注視しているのは、カウンターカルチャーとしてのロックミュージックの“意味”の剥奪・脱臭である。確かに芝高の文化祭を目前に控えた彼女たちが、ザ・ブルーハーツをコピーしようと思い立ったのは、楽曲構成がシンプルで短時間での演奏習得が可能だから――劇中の台詞に倣えば「椎名林檎とか三日じゃ無理」だからという理由が基本だ。そして部室に残っていた古いダンボールの中にあったマクセルのカセットテープをオーディオデッキに入れると(彼女たちはジッタリン・ジンの「プレゼント」が聴けると思っていた)、ザ・ブルーハーツの1987年の名曲「リンダ リンダ」が流れ出す。こうして再解釈・再定義されたロックミュージックは、1950年代半ばより受け継いできた反抗的で政治的な文脈からふっと切り離され、単純に心を揺さぶる「いい曲」へとシフトチェンジする。等身大の日常に寄り添い、人生を充実させるための祝祭のアイテムとして、どこまでに肯定的に鳴り響くのだ。
ちなみに軽音部の部室にはザ・ミュージックやレッド・ツェッペリンなど新旧の人気バンドやミュージシャンのポスターが目立つところに貼ってあるのだが、そういったロックアイコンも、香椎由宇演じる恵の夢に登場する「ラモーンズさん」と「ピエールさん」(こちらは本物のピエール瀧が扮している)と同列のマスコット的な記号として差し出されている感がある。これは例えば昨今の“聴いたことのないバンドでもデザインだけで、そのプリントTシャツを着る時代”の到来に繋がっているとも考えられるだろう。ともあれ『けいおん!』の後継である『ぼっち・ざ・ろっく!』『BanG Dream!(バンドリ!)』『ガールズバンドクライ』といったアニメ作品の乱立もあり、21世紀の(特に日本の)人気作品では、日常を彩る音楽としてのロックミュージックの扱われ方が世の主流になっていくのである。