2025.08.27
国家に見捨てられた都市の声を聴き、そのリズムに反応する
政治性・社会性の強いリリックや、サンプリングを駆使したビートが次々に生まれていた90年代は、ヒップホップの歴史において大きな転換期だった。そしてこの『キング・オブ・ニューヨーク』でも、そのリズムがニューヨークを彩っている。
ここで重要なのは、フランクの身体がそのリズムに反応していることだ。彼はブラック・ミュージックに合わせて、たびたびダンスを披露する(クリストファー・ウォーケンはミュージカル出身であるためダンスが得意であり、ファットボーイ・スリムの「Weapon Of Choice」PVでは、仏頂面のスーツ姿でホテル中を踊りまくっていた)。
フランクは都市を暴力で支配するが、その支配の根源はブラック・ミュージックのリズムであり、ウォーケンの身体はそのリズムに“踊らされている”。つまりこのダンスは、白人支配者が黒人リズムに従属するという、秩序転倒の儀礼なのだ(銃撃戦の直前に流れている曲は、スクーリー・Dの「Am I Black Enough For You?」(俺は君にとって十分ブラックかい?)だ)。ここにも、「白=支配」「黒=従属」の逆転が如実に表れている。
『キング・オブ・ニューヨーク』©1990 RTI.
映画のサウンドトラックにヒップホップが多用されている理由は、おそらくもう一つある。パブリック・エナミーやブギ・ダウン・プロダクションズが警察による暴力や都市荒廃を告発していたこの時代、ヒップホップは“国家に見捨てられた都市の声”として響いていた。そしてまさしくニューヨークは、国家に見捨てられ、神にも見捨てられた現代の“ソドム”として描かれている。
70年代からニューヨークは財政破綻に直面し、公共サービスの多くが削減された。サウス・ブロンクスをはじめとする貧困地区では病院や学校が閉鎖され、社会インフラは急速に荒廃する。国家や市政が機能を果たさないとき、人々は代替的な権力に依存せざるを得ない。その役割を担う人物こそ、フランク・ホワイト。彼は病院建設に資金を提供することを約束し、将来ニューヨーク市長になる夢を高らかに宣言する。
ギャングはこれまで、暴力と麻薬で住民を苦しめる一方、生活の安全や資金援助を行うことで、国家が担うべき統治機能を肩代わりしていたという歴史がある。『ゴッドファーザー』でも、マフィアの首領は単なる犯罪者ではなく、共同体を組織化する統治者的存在として描かれていた。国家が市民に十分な福祉を提供できないとき、その空白をアウトローが補うという構造は、シャーウッドの森に住む伝説の義賊ロビン・フッドを彷彿とさせる。つまりフランクは、「ゴッドファーザー的マフィア像」と「ロビン・フッド的慈善者」を引用・重層化した人物像なのだ。
国家に見捨てられた都市の声を聴き、そのリズムに反応し、国家の機能不全を補う都市の王として、彼は振る舞う。ヒップホップ文化と響き合う都市的抵抗の象徴として、フランク・ホワイトというキャラクターが存在している。