2025.08.14
『サタンがおまえを待っている』あらすじ
1980年から90年代にかけ、「幼い頃、悪魔崇拝の儀式の生贄に捧げられた」という告発が相次ぎ、アメリカで未曾有の大パニックが巻き起こった。被害者たちの証言によると、子どもに対し数々の残虐な儀式虐待が行われ、年間200万人もの子どもが犠牲になっていたといい、警察やFBIも動かす大騒動に発展していた。そのきっかけとなったのは、ミシェル・スミスという女性の体験を記した一冊の本だった。「ミシェル・リメンバーズ」と題されたその本には、ミシェルが退行催眠により思い出した幼少期の記憶―極めて残虐で恐ろしい悪魔崇拝儀式の内容―が記されていた。ローマ教皇にまで伝わったほど衝撃的内容は、テレビのバラエティやワイドショーでもセンセーショナルに取り上げられていきアメリカ全土を恐怖に染めていく・・・。
Index
「ミシェル・リメンバーズ」の衝撃
1980年に刊行された「ミシェル・リメンバーズ」は、全米にセンセーショナルな衝撃を与えた。この書籍は、精神科医ローレンス・パズダーの退行催眠療法によって、ミシェル・スミスという女性の封印されていた記憶を綴ったもの。彼女は5歳のとき悪魔崇拝教団に引き渡され、虐待を受けていたというのだ。
オリに入れられる、動物が生贄になるのを目撃させられる、ロウソクを立てて詠唱させられる、血や肉を使った悪魔の儀式に参加させられる。そして性的暴行。「ミシェル・リメンバーズ」には、子どもに対するあまりにも残虐な悪魔崇拝儀式の詳細が記されていた。
本書はベストセラーとなり、テレビのワイドショーでも頻繁に取り上げられる。すると、ミシェルと同様に「幼い頃に悪魔崇拝の儀式の生贄にされた」という告発が相次ぎ、カトリック教会やローマ教皇、FBIまでも巻き込む騒動へと発展。これが、80年代から90年代にかけてアメリカで巻き起こった「サタニック・パニック」と呼ばれる現象である。
『サタンがおまえを待っている』(23)は、この社会現象を題材にしたドキュメンタリー映画だ。ミシェルとパズダーの親族・友人、ジャーナリスト、FBI捜査官、そしてサタン教会の高位聖職者までがインタビューに登場し、サタニック・パニックを多角的に検証していく。
『サタンがおまえを待っている』© 666 Films Inc.
映画序盤では、「ミシェル・リメンバーズ」がどれだけ社会的インパクトを与えたかが、過去のTVアーカイブや退行催眠療法中のミシェルの音声記録などから描かれる。ミシェルの友人、パズダーの元妻・娘たちの証言によって、ローレンス・パズダーとミシェル・スミスの人となりも紐解かれていく。
中盤では、この本の刊行をきっかけに儀式虐待の犠牲者だと名乗る人物が激増し、それをマスメディアが取り上げ、アメリカがサタニック・パニックの恐怖に包まれていく様子が描かれる。過去のインタビュー映像で、ある警察官は「アメリカで200万人の子供が家出ではない理由で失踪している」、「証拠はありませんが彼ら(悪魔崇拝者)の犯行です」と断言。捜査機関の人間が公にこんな発言をしたら、社会がパニックに陥るのは当然だろう。ヘヴィ・メタルが悪魔教の元凶だという風説が流れ、警察が捜査したというにわかに信じがたい話も登場する。
そして次第にこの映画は、ミシェルとパズダーに疑惑の目を向けていく。当時2人はワイドショーに出演し、すっかり有名人に。パズダーは儀式虐待の専門家とみなされ、警察当局のためにセミナーを開催したり、裁判のコンサルタントを務めたりするなどして、その名声を高めていた。
パズダーの元妻・娘は、ミシェルが彼をストーカーのようにつけ回していたと証言し、歓心を買うために儀式虐待の犠牲者だと一芝居打ったのではないかと推測する。実際にパズダーは妻と離婚し、ミシェルと再婚していた。今となっては、ミシェルの発言だけに頼った「ミシェル・リメンバーズ」は、あまりにも根拠がなく、証拠に欠ける本であるとみなされている。
英語版のWIkipediaにはこう書かれているくらいだ…「『ミシェル・リメンバーズ』は、カナダの精神科医ローレンス・パズダーと彼の精神病患者(後に妻となる)ミシェル・スミスが共著した、1980年に出版された “信用できない本”です」。
『サタンがおまえを待っている』が解き明かすのは、根拠のない噂やセンセーショナルな報道によって、社会全体が混乱に陥っていくメカニズムなのである。