1. CINEMORE(シネモア)
  2. 映画
  3. バッド・ルーテナント/刑事とドラッグとキリスト
  4. 『バッド・ルーテナント/刑事とドラッグとキリスト』ハーヴェイ・カイテル、狼の咆哮
『バッド・ルーテナント/刑事とドラッグとキリスト』ハーヴェイ・カイテル、狼の咆哮

© 1992 Bad Lt. PRODUCTIONS, INC

『バッド・ルーテナント/刑事とドラッグとキリスト』ハーヴェイ・カイテル、狼の咆哮

PAGES


『バッド・ルーテナント/刑事とドラッグとキリスト』あらすじ

ニューヨークの警部補LTは、よき家庭人としての顔も持ちながらもドラッグやセックスに溺れ、警官としても人間としてもあるまじき行為に明け暮れる男。ある日、教会の尼僧が何者かに強姦されるというむごたらしい事件が起こる。LTは野球賭博の借金をカパーしようと懸賞金5万ドル目当てに躍起になるが、自分を犯した犯人を許そうとする尼僧の気高さに触れて混乱に陥る。自らの悪行と崇高な信仰心の間で揺れるLTはある選択をするが……。


Index


異形の暗黒系インディーズ映画



 2024年1月に、『バッド・ルーテナント/刑事とドラッグとキリスト』(92)と『レザボア・ドッグス』(92)がリバイバル公開された。これは何かの符号なのだろうか?暗黒系インディーズ映画として名高いこの2本が、しかもどちらもハーヴェイ・カイテル主演のこの2本が、同じタイミングで劇場公開されるとは。特に『バッド・ルーテナント/刑事とドラッグとキリスト』は、この機会にぜひスクリーンで目に焼き付けて欲しい異形の傑作。生半可な気持ちで鑑賞すると大火傷する、激ヤバ映画である。


 本作は、ハーヴェイ・カイテル演じるニューヨーク市警の警部補が、二人の子供を車で学校に送り届けるシーンで始まる。それは、我々が映画で何度も目撃してきたシチュエーションだ。子は親に揺れる想いを吐露し、親は子を優しく気遣う。何気ない親子の会話から、リアルな家族の風景が見えてくるはずだ。


 だが彼の口を衝いて出るのは、呪いの言葉ばかり。「父さんを運転手と間違えてるのか」、「うるさい」、「黙れ」、「頭が痛くなる」。そして子供を送り届け終えると、やっと厄介払いできたとばかりに、思い切りコカインを鼻から吸い込む。冒頭わずか数分で、この男は家族を顧みることもしない、最低・最悪の父親であることが示される。



『バッド・ルーテナント/刑事とドラッグとキリスト』© 1992 Bad Lt. PRODUCTIONS, INC


 そのまま殺人事件現場に向かうと、仕事そっちのけで仲間に野球賭博をもちかけ、ドラッグディーラーに麻薬を売り渡し、アパートでコールガールと情事に耽る。最低の父親どころか、絵に描いたような悪徳警官。彼は劇中で名前を呼ばれることがない。クレジットでも、Lieutenant(警部補)を略したLTと表記されるのみ。そんな“名も無き男”は、自宅でもリビングルームのソファに倒れ込んで、孤独な毎日を噛み締めている。おそらく家族たちも、彼のことをとっくの昔に見放している。


 金とドラッグとアルコールと性欲にまみれた生活。その詳細をアベル・フェラーラ監督は執拗に描き、ハーヴェイ・カイテルは全裸もいとわぬ魂の演技でそれに応える。マーティン・スコセッシ、リドリー・スコット、クエンティン・タランティーノ、ジェーン・カンピオン、ウェス・アンダーソンといった数々の名監督のもとで仕事をしてきたハーヴェイ・カイテルだが、アメリカ・インディーズ映画界の鬼才と組んだ本作は、ベスト・アクトのひとつに数えられるだろう。


 意外にも、この役は当初クリストファー・ウォーケンが務める予定だった。彼はアベル・フェラーラの前作『キング・オブ・ニューヨーク』(90)にマフィアのボス役で主演。その後も『フューネラル』(96)、『ニューローズホテル』(98)と、90年代を代表するフェラーラ作品の“顔”として、存在感を発揮してきた盟友だ。しかし『バッド・ルーテナント/刑事とドラッグとキリスト』の主役の座を土壇場になって降板。アベル・フェラーラは「間違いなく私を驚かせた。末期的なショックを受けたよ」(*1)と当時の率直な想いを語り、こう続けている。


 「あれは僕が書いた脚本で、リハーサルもしたんだ…。実際、僕は彼のリハーサルを元にして、脚本にたくさんのテキストを書いた。でも最終的に彼は、あのキャラクターに感じていない何かを僕が求めている、と感じたんだと思う。当時はかなりの痛手だったけど、今思えば彼の寛大な行動だった」(*2)





PAGES

この記事をシェア

メールマガジン登録
counter
  1. CINEMORE(シネモア)
  2. 映画
  3. バッド・ルーテナント/刑事とドラッグとキリスト
  4. 『バッド・ルーテナント/刑事とドラッグとキリスト』ハーヴェイ・カイテル、狼の咆哮