2025.11.05
前半と後半の絶妙な切り替え
JCは当初、赤ちゃんのエリザベスを養子に出すことを考えるが、愛着が湧いて躊躇してしまう。結果、働きながら子育てもする、今でいうワンオペにチャレンジすることになるのだが、結果、同棲相手のスティーヴン(ハロルド・ライミス)は家を出ていき、任されていたプロジェクト・リーダーからも任を解かれることに。映画の前半では、このように当時”ヤッピー”(都市部で暮らす高学歴、高収入のエリートビジネスパーソン)と呼ばれた階層の絵に描いたような転落劇を、女性を主人公に据えることでより切実に、より痛烈に描いている。しかし、マイヤーズと当時の夫で監督を務めるチャールズ・シャイアのコンビは、終始JCに寄り添って観客から共感を得ることに成功している。
ここでまず、キートンのコメディエンヌとしての才能を記さなければいけない。特に、初めは赤ちゃんをまるでセカンドハッグのようにぞんざいに抱き抱える、というより、重そうにぶら下げていたJCが、時間の経過とともに普通に抱っこが上手になっていくあたり、演出の指示もあるだろうが演技の転換が的確で笑えるのだ。

『赤ちゃんはトップレディがお好き』(c)Photofest / Getty Images
主演、監督、脚本の調子がさらにアップするのはJCがバーモントに引っ越してからだ。舞台が摩天楼から緑豊かなアメリカ東部に移ったことで、視覚的にも新鮮になる物語は、ここから、JCのリベンジマッチへと大胆に舵を切る。あまり調べずに購入したファームハウスは予想以上にポンコツで、高くついた修理費用と寒さから来る孤独感に押しつぶされそうになるJCだが、偶然、ハンサムな獣医、ジェフ(サム・シェパード)と知り合い、恋の予感を感じたりもしている。この辺のプロセスは若干ありきたりで甘い気もするのだが、ここでも、キートンの軽妙で計算し尽くされた演技が、設定の甘さを上手にカバーしている。
キートンが本当に実力を発揮するのは、バーモントで立ち上げた地元のりんごを使ったアップルソースのビジネスが大成功し、ニューヨークへの凱旋が現実になりかけるあたりから。ここでマイヤーズが選択した一発逆転劇の結末は、彼女がこれ以降も積極的に描き続ける、新しく、正直で、贅沢な女性の生き方を示唆していて、痛快この上ない。多くの観客が予想するエンディングを見事に裏切るきっかけにもなる、キートンの表情の変化も見逃せない。この幕切れは何度見ても楽しくてウキウキしてしまう。