効果的に使われた、狭い路地や斜面、水辺や橋
中盤でおこなわれる子どもたちの遊びは、日本では「ケイドロ」などと呼ばれる、警察と泥棒の二つのチームに分かれる鬼ごっこだ。夜にポルトの路地を走り抜け、逃げる者の巨大な影が壁に映し出される見事なサスペンス的演出が確認できる。これこそが独裁による恐怖政治のメタファーであるといえる。
と同時にこれは、ドイツ表現主義を基に、フィルムノワールの出現時期ともタイミングを同じくする演出である。産業として映画製作が定着していなかったポルトガルで、このような才能を発揮していた映画監督がいたにも関わらず、当時の政権の影響から正当に評価されなかったことは映画史的な損失だといえよう。
一方で、子どもが演じるには危なすぎると感じられるスタント的なシーンもあり、ひやひやする瞬間が多いのも本作の特徴だ。映画製作のルールが整備されていなかったポルトガルの一時代には問題とされなかった部分だと思われるが、物語とは別に子役たちの安全が気になってしまうのも本作の特徴ではある。

『アニキ・ボボ 4Kレストア版』© Produções António Lopes Ribeiro
しかし何より贅沢なのは、歴史的なポルトの街の表情を1940年代に美しく撮りあげた点である。海と河が交わる河口周辺の港にせり出した陸地が、密集した家々の斜面として河に包まれて陽光を浴びる光景には、息を呑むものがある。オリヴェイラ監督は、短編ドキュメンタリー『ドウロ河』(31)にて既に河をテーマにした作品を手がけ、自伝ドキュメンタリー『訪問、あるいは記憶、そして告白』(82)や『家宝』(02)でも、故郷のポルトを撮影している。まさに“原点”の地である。
大林宣彦監督がやはり水辺に面した斜面に家々が連なる尾道を映画の舞台にして、その風景を効果的に使ったように、ここでのオリヴェイラ監督もまた、その狭い路地や斜面、水辺や橋が作り出す立体的な構図を楽しんでいるように見える。そして、そのモチーフは『新学期 操行ゼロ』(33) や『アタラント号』(34)といった、夭折のフランス人監督、ジャン・ヴィゴとの繋がりも感じられる。
オリヴェイラ監督は1980年代に、ジャン・ヴィゴについてのドキュメンタリー作品を手がけている。ここでも、子どもたちの抱擁の場面によって歓喜の瞬間が印象的に描かれる本作『アニキ・ボボ』が指し示す、オリヴェイラとヴィゴの作風のクロスオーバーを感じることができるだろう。
文:小野寺系
映画仙人を目指し、さすらいながらWEBメディアや雑誌などで執筆する映画評論家。いろいろな角度から、映画の“深い”内容を分かりやすく伝えていきます。
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提供:キングレコード 配給:プンクテ
© Produções António Lopes Ribeiro