数々の名作で描かれるイギリス炭鉱業
ちなみに、世の中にはイギリスの炭鉱を描いた映画が数多く存在する。例えばジョン・フォード監督の『わが谷は緑なりき』(41)の舞台は19世紀末のウェールズで、第二次大戦中に炭鉱が国有化される以前の時代。この作品を紐解くと、この頃からずっと炭鉱労働の危険性と低賃金の状況は変わっていないことに気づかされる。
第二次大戦後は、石油をはじめ新たなエネルギー資源の台頭もあり、炭鉱の数が減少の一途を辿り続けた。その上、60〜70年代は政治の混乱や数々のストライキが相まって、明るい未来は見えてこない。『ケス』では、人とは異なる秀でた才能や可能性を持つ少年ビリーが、それらを活かす場所を知らないまま、選択肢のない人生を歩むことを余儀なくされる。

『石炭の値打ち』©Journeyman Pictures
その後、1972年、74年には全国鉱山労組(NUM)のアーサー・スカーギルが主導する大規模な賃上げ要求のストライキが起こり、結果的に政権を握っていたヒース内閣は総選挙に打って出るもこれに敗北。『石炭の値打ち』では、当時の時代背景についてセリフ内で触れられると共に、白ペンキで壁に「Scargill rules OK」と描かれている光景が生々しく映し出されたりもする。
ミルトン炭鉱の物語は『石炭の値打ち』二部作で終了だが、しかし炭鉱業界の激動の時代はまだまだ続く。1979年にマーガレット・サッチャーが首相就任すると事態は一変。サッチャーはこれまでのようには労働組合に譲歩せず、84年から85年にかけて双方は大規模な衝突を繰り広げることに。それらを背景に描かれたのが『リトル・ダンサー』(00)だ。結果的にこの時は労組側が譲歩する形となり、逮捕者も続出。これを機にイギリスにおける労働組合はかつての抵抗の激しさを見せることがなくなった。それから数年後、炭鉱の数はますます減り、残された炭鉱町も活気を失った。その90年代初頭を舞台にしたのが『ブラス!』(96)である。
いずれの作品でも、労働や闘争の最前線に立つ大人たちと共に、そこで影響をうける子供や家族の姿が描かれる。一つ一つが単体で堪能できる物語ではあるものの、炭鉱をめぐる時代の流れを踏まえて臨むと、これらをより深く「一連の物語」として味わうことが可能かもしれない。
*1)参考文献
「映画作家が自身を語る ケン・ローチ」(グレアム・フラー編、フィルムアート社/2000年)
1977年、長崎出身。3歳の頃、父親と『スーパーマンII』を観たのをきっかけに映画の魅力に取り憑かれる。明治大学を卒業後、映画放送専門チャンネル勤務を経て、映画ライターへ転身。現在、映画.com、EYESCREAM、リアルサウンド映画部などで執筆する他、マスコミ用プレスや劇場用プログラムへの寄稿も行っている。
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『石炭の値打ち』
Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下にて限定上映中、ほか全国順次公開
配給:スモモ
©Journeyman Pictures