『赤い風船』あらすじ
ある朝、少年パスカルは学校に行く途中で、ふわりと宙に浮かぶ赤い風船を見つける。風船は街灯に紐が引っかかって動けなくなっていたのだ。放課後、風船を持って家へ帰り着いたが、窓から風船を放り出されてしまう。しかし、不思議なことに、風船は窓際にふわふわと浮いてとどまった。風船と友達になったパスカル。いじめっ子たちが、風船を我がものにしようと追いかけてくる。パスカルは風船とパリの街を逃げ回る…。
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妖精との遭遇
メニルモンタン地区を見渡す石畳の高台。絵画的なショット。不朽の名作『赤い風船』(56)は、少年が野良猫と触れ合うシーンから始まる。少年は野良猫をそっと撫で、名残惜しそうにその場を去っていく。セリフのないシーンだが、観客は心優しき少年の心の声を感じることができる。「さようなら」。「飼ってあげられなくてごめんね」。石畳の灰色を基調とする色彩が、少年の寂しさを引き立てている。高台の階段を足早に下っていくと、少年は街灯に赤い風船が引っかかっているのを見つける。少年は周囲に人の気配がないことを確認する。そして登り棒のごとく、スルスルと街灯を登っていく(一連の挙動と動作が素晴らしい)。おそらくこの少年は、家の都合で野良猫を保護することが許されていない。少年は迷い猫を保護するように、赤い風船を家に持ち帰る。薔薇のように赤い風船。風船の鮮やかな彩度は、灰色の町に一際輝いて見える(赤い風船が透けないよう、中に黄色の風船を入れ、さらにニスで光沢感を出している)。少年は飼い犬のリードを握るように風船と散歩するが、この風船にはあきらかに意思がある。ときに少年をからかうように自由に動き回る。赤い風船は少年の相棒となる。

『赤い風船 4K』© Copyright Films Montsouris 1956
守護天使のように少年に付いて回る赤い風船。かつてジャン・コクトーは、本作の風船を妖精にたとえている。「妖精の出てこない妖精の話」と。顔も声もない赤い風船。少年は見上げた空に妖精を見つけた。空と言う自由。本作のリメイク作品『ホウ・シャオシェンのレッド・バルーン』(07)で、ホウ・シャオシェンはこの“見上げる”という行為に、美しいオマージュを捧げている。共通するのは天使の視点だ。勇敢だが頼りない天使。赤い風船は少年の相棒であり守護天使だが、迷い猫のように弱い存在でもある。そして赤い風船はこの世界の外への可能性を示している。赤い風船が機関車の蒸気に包まれる幻想的なシーンがそれを象徴している。少年は風船のリードを握り、橋の上をダッシュで走り抜ける。橋の下では蒸気をあげた機関車が走り抜ける(橋の上の少年と橋の下の機関車が十字にクロスする!)。
少年と風船の間には言葉のないコミュニケーションがある。雨が降れば、少年は風船を傘に入れてあげる。自分よりも優先して風船を濡れないようにする。メニルモンタンの通りを歩く見知らぬ人たちの協力を経て、風船が傘から傘へとリレーされていくシーンが楽しい。石畳と坂道と迷路のように狭い路地。所々に描かれた落書きも含め、街の風景の美しさに驚嘆する。本作は都市開発前のメニルモンタンの風景をフルカラーで捉えた貴重なドキュメントでもある。