2026.01.16
崩壊した共同体
神話の再始動。だが、前日譚という選択は、『ツイン・ピークス』のもう一人の生みの親であるマーク・フロストにとって、容易に受け入れられるものではなかった。フロストにとって長編映画とは、ファンのために物語を前へ進めるものであり、時間を遡行する後退ではない。そう考えていた彼は、この映画の開発に一切関与しないという決断を下す。それは、『ツイン・ピークス』という創作共同体に、大きなひずみが生まれた瞬間だった。
その断絶は、主要キャストの不参加にも表れている。ローラの親友ドナ・ヘイワード役のララ・フリン・ボイルは、復帰を拒否(ちなみに彼女は、カイル・マクラクランの元カノ)。また、オードリー・ホーン役のシェリリン・フェンも、すでに別作品への出演が決まっており、映画には参加できなかった(ちなみに彼女は、デヴィッド・リンチの元カノ)。
おまけに主人公デイル・クーパー役のカイル・マクラクランが、全く乗り気じゃない。映画スターとしてのキャリアを志向していた彼は、一つの役に縛られ続けることを強く警戒していた。テレビ版『バットマン』の成功によって、その後のキャリアが“バットマン俳優”というイメージから逃れられなくなったアダム・ウェストのような存在になることを、彼は恐れていたのだ。
結局、カイル・マクラクランは短期間の撮影のみ参加。テレビシリーズの中心人物だったクーパーを軸に物語を組み立てることは不可能となり、映画は構造そのものの再設計を迫られることになる。テレサ・バンクス殺害事件をめぐるFBI捜査パートは、新たな捜査官チェット・デズモンド(クリス・アイザック)とサム・スタンリー(キーファー・サザーランド)を主人公とするかたちへと書き換えられた。

『ツイン・ピークス/ローラ・パーマー最期の7日間』(c)Photofest / Getty Images
物語はクーパーから離れ、捜査という枠組みからも逸脱し、最終的にはローラ・パーマーという一点へと強制的に収束していく。テレビシリーズが提供していたのは、謎を追う快楽であり、共同体としての熱狂だった。しかし映画版が観客に突きつけたのは、誰にも共有できない孤独であり、説明不可能な暴力であり、そして救済のない時間。もはや、観る側も安全な距離を保てない。ローラとともに生き、彼女と同じ速度で破壊されていくことを強いられる。『ツイン・ピークス』が社会現象として消費されるために成立していた均衡を、リンチ自身が破壊したのだ。
完成した『ツイン・ピークス/ローラ・パーマー最期の7日間』に対する評価は、極めて冷ややかなものだった。映画評論家のオーウェン・グレイバーマンは、Entertaiment Weeklyで「本作は真の愚作である──ほとんど何ひとつ辻褄が合わない」(*3)と、大酷評。カンヌ国際映画祭で公式上映された際には、ブーイングも起きたという。
しかし、その反応こそが、この映画の正確な受容だったのかもしれない。『ツイン・ピークス/ローラ・パーマー最期の7日間』は、シリーズの熱狂を回復するための映画ではなく、その熱狂が成立していた前提そのものを破壊する映画だった。そしてその意図は、冒頭のショットにすでに刻み込まれている。