傷ついた怪物と絶対的な神
筆者がこの映画で最も感銘を受けたのは、ヒースクリフを演じるジェイコブ・エロルディのパフォーマンスだ。常に潤んだ瞳、哀切を帯びたくぐもった声。ギレルモ・デル・トロ監督の『フランケンシュタイン』(25)でも哀しき怪物を演じたエロルディは、加害者にして被害者という二面性を体現し、傷ついた魂を抱える“怪物”としての圧倒的な説得力を放っている。
事実、フェネルが彼に投影しようとしたのは、『遥か群衆を離れて』で士官を演じたテレンス・スタンプをはじめとする、危険な香りを纏った往年の名優たちの面影だった。
「ヒースクリフ役についてジェイコブと話していたとき、私は言ったの。目指しているのはリチャード・バートン、ダーク・ボガード、そしてテレンス・スタンプなんだと。私は、主演を務める俳優たちが危険で、恐ろしかった時代を見ています。彼らにはセクシーなカリスマ性と、言葉には出せない脅威がありました」(*4)
原作では「肌の浅黒いジプシー」と形容されているヒースクリフ役に、白人のジェイコブ・エロルディを起用したことは、公開前からホワイトウォッシングとの激しい批判を呼んだという。しかしフェネルは、14歳の頃に読んだ原作の挿絵に酷似しているという理由で、このキャスティングを断行。結果として、その慧眼はスクリーン上で見事に証明された。

『嵐が丘』©2026 Warner Bros. Entertainment Inc. All Rights Reserved.
一方、キャシーを演じるマーゴット・ロビーは、本作において絶対的な神として君臨する。「たとえ連続殺人を犯しても、許されてしまうほどの力を持つ」(*5)と監督が評する、そのカリスマ性。彼女は持ち前の華やかなオーラを、無邪気な残酷さと、底なしのエゴイズムへと反転させてみせた。ヒースクリフを激しく求めながらも容赦なく傷つけ、周囲の運命を狂わせていくその姿は、神々しくも恐ろしい。彼女の絶対的な存在感がスクリーンを支配することで、二人の結びつきは単なる悲恋ではなく、互いの魂を食らい合う「共依存の戦争」へと昇華されている。
「彼の魂と私の魂は同じもの」。その劇中のセリフを体現するような双子のごとき結びつきと、バズ・ラーマン監督が「火山のように沸き立つ感情」(*6)と絶賛した二人の凄まじいエネルギーは、観客の倫理観を麻痺させ、道徳の彼岸へと連れ去っていく。
『プロミシング・ヤング・ウーマン』での鮮烈な復讐劇、『Saltburn』での階級を喰い破る執着、そして『嵐が丘』における自他の境界を喪失させる狂気的な愛欲。エメラルド・フェネルはこれまでのフィルモグラフィーで、人間の底知れぬエゴイズムを解剖し続けてきた。そのなかでも、古典的名作を泥と体液にまみれた生々しい劇薬へと作り変えたこの映画は、彼女の作家性が一つの頂点を極めた重要作といえるだろう。
(*1)https://www.vulture.com/article/the-32-best-and-worst-wuthering-heights-adaptations.html
(*3)https://www.youtube.com/watch?v=8HiN19bNShs
(*4)https://www.bfi.org.uk/interviews/emerald-fennell-influences-wuthering-heights
(*6)https://www.interviewmagazine.com/film/emerald-fennell-and-baz-luhrmann-are-horny-for-making-movies
文:竹島ルイ
映画・音楽・TVを主戦場とする、ポップカルチャー系ライター。WEBマガジン「POP MASTER」(http://popmaster.jp/)主宰。
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