© Sixteen Oak Limited, Why Not Productions, Goodfellas, Les Films du Fleuve, British Broadcasting Corporation, France 2 Cinéma and The British Film Institute 2023
『オールド・オーク』巨匠ケン・ローチが田舎町の小さなパブを通じて突きつける素朴で力強いメッセージ
写真家という、この町の“まなざし”
町に歴史や記憶があるのと同様、そこで暮らす人々にも各々が生きてきた時間の流れが刻まれている。
胸を打つのは、本作がシリア出身のアマチュア写真家・ヤラを主軸の一つとしている点だ。地獄のような祖国から逃れた彼女は安否のわからない父のカメラを手にし、流れ着いたこの町でも自らの目線でシャッターを切り続ける。そうやっていつしか、長年町の様子を撮影してきたTJの叔父の役割を受け継ぐかのように、アウトサイダーの彼女はこの街の記録者であり、”まなざし”となっていく。
彼女が撮影した写真を、あの歴史的な部屋で大きく映し出し、皆が揃って鑑賞する場面が忘れられない。映し出されるたびに、声が上がったり、笑顔がこぼれたり。彼らは出身地や育った文化こそ異なるが、今この瞬間、”まなざし”を共有して、共に同じ方向、同じものを見つめ合っているのだ。

『オールド・オーク』© Sixteen Oak Limited, Why Not Productions, Goodfellas, Les Films du Fleuve, British Broadcasting Corporation, France 2 Cinéma and The British Film Institute 2023
作品の魂を託された演技未経験者
そして、彼女とともに「場所」を切り開くパブ・オーナーのTJこそ、本作の魂と言うべき存在である。彼は前述した『ジミー、野を駆ける伝説』の主人公のような活動家でもなければリーダーでもない。一人のごく平凡な男だ。
演じるデイヴ・ターナーは、ジミー役を演じたバリー・ウォードのようなベテラン俳優ではなく、30年間、消防士を務め、消防組合の地域支部長を担った演技初挑戦の素人。『わたしはダニエル・ブレイク』のリサーチを行なっていた頃、脚本家のポール・ラヴァティにこの地域を案内してくれたのがきっかけで知り合ったのだとか。名もなき男の役を、名もなき男が演じる。このリアリティこそが、本作の質感やほとばしる温もり、そして人間味を、素晴らしく高めているのは言うまでもない。
ローチは過去作でも演技未経験者を数多く起用し、彼らの体に刻まれた年輪や生き様をそのまま抽出、何十年も前から同じ空間に佇んでいたかのようにナチュラルに刻んできた。これまでのキャリアで培った様々な要素を凝縮させたこの作品で、デイヴ・ターナーのような人物を映画の魂に据えたことは非常に象徴的であり、巨匠のメッセージとして尊く沁み渡る。
何かの幕切れを高らかに謳いあげるのではなく、これからもなお続いていく日常として、素朴に、しかし市井の人々の生き様を讃えるように、温もりと慈しみを持って描く。これぞローチの真骨頂。私たちはラストシーンが刻む余韻を何十年たっても決して忘れないだろう。
参考記事:
https://www.theguardian.com/film/2023/may/14/ken-loach-last-film-the-old-oak-syrian-refugees
1977年、長崎出身。3歳の頃、父親と『スーパーマンII』を観たのをきっかけに映画の魅力に取り憑かれる。明治大学を卒業後、映画放送専門チャンネル勤務を経て、映画ライターへ転身。現在、映画.com、EYESCREAM、リアルサウンド映画部などで執筆する他、マスコミ用プレスや劇場用プログラムへの寄稿も行っている。
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『オールド・オーク』
ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか公開中
配給:ファインフィルムズ
© Sixteen Oak Limited, Why Not Productions, Goodfellas, Les Films du Fleuve, British Broadcasting Corporation, France 2 Cinéma and The British Film Institute 2023