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『NEW GROUP』幸福な奴隷たちのディストピア

©2026映画「NEW GROUP」製作委員会

『NEW GROUP』幸福な奴隷たちのディストピア

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ハンナ・アーレント「悪の凡庸さ」の視覚化



 「システムvs個」の対立構造は、画面内の図形的なメタファーとしても徹底されている。


 校庭を埋め尽くす人間ピラミッドは、明確な頂点と底辺を持つヒエラルキー(三角形)の視覚化だ。一方で、愛が集めているスーパーボウルやビー玉は、ヒエラルキーが存在しない究極の公平性(丸)の象徴。頂点を持たない「個」が、巨大な「階層」に飲み込まれていくプロセスは、全体主義の恐ろしさを露悪的に表現している。


 化学の授業で教師が語る「F=ma(力=質量×加速度)」というニュートンの方程式は、人間ピラミッドが巨大な質量(m)を獲得し、それが同調圧力(a)によって動き出したとき、個人の時とは比べ物にならないほど巨大な暴力(F)を生み出すという、理系的アプローチによるファシズムへの警告だろう。


 主人公の愛(I=私)と、転校生の優(YOU=あなた)というネーミングには、最小単位である家族という集団にすら属せなかった2人が、巨大な集団に立ち向かうという、監督の強い意図が込められているのではないか。保健室で倒れていた愛が目を覚ました際、優が彼女の制服の匂いをクンクンと嗅ぐシーンは、無臭になっていく均質な世界の中で、彼女固有の生々しい存在感を動物的に確かめる行為なのだ。



『NEW GROUP』©2026映画「NEW GROUP」製作委員会


 そして物語は、街中の至る所で組体操が出現し、世界がどんどん同化していく絶望的なクライマックスへと向かっていく。もはやこれは、『新世紀エヴァンゲリオン』(95)における「人類補完計画」の禍々しいアップデート版。「私たちに支配されることが幸せ」と嘯く校長に対し、優は「解放しろ!」と叫ぶ。至極真っ当な個人の抵抗すら、圧倒的な質量を持つ全体主義の前ではひどく虚しく響く。


 この美しく統制された狂気のシステムは、政治哲学者ハンナ・アーレントが提唱した「悪の凡庸さ」にも通底している。アーレントは、ナチスの戦犯が極悪非道な怪物などではなく、ただシステムに従い、自分で考えることを放棄した極めて平凡な人間だったことを暴いた。ピラミッドを構成する生徒たちにも、誰かを傷つけようという明確な悪意はない。彼らはただ「怒られないために周りに合わせる」という日常の些細な思考停止の延長で、最も残酷な暴力に加担してしまっているのだ。


 この無自覚な同調がもたらす恐怖は、決してスクリーンの中だけの話ではない。おそらく下津監督による最大のトラップは、劇場で鑑賞するという体験そのものに仕掛けられている。劇中の人間ピラミッドを「ヤバい集団だ」と冷笑していた我々観客もまた、暗闇の中で、全員が同じ方向を向き、行儀良く一律の座席に座って、同じ映像を消費している集団(=GROUP)の一部に他ならないのだから。


 劇場を一歩出た後に目の前に広がる、空気を読み、個を埋没させることで一時の平穏を得ている現実社会こそが、『NEW GROUP』が描き出した「幸福な奴隷たちのディストピア」なのだ。



文:竹島ルイ

映画・音楽・TVを主戦場とする、ポップカルチャー系ライター。WEBマガジン「POP MASTER」(http://popmaster.jp/)主宰。




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『NEW GROUP』

全国公開中

配給:KADOKAWA

©2026映画「NEW GROUP」製作委員会

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