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『アワーミュージック』背中と正面の美学、例外的な死を想像する

©2004 AVVENTURA FILMS – PERIPHERIA – FRANCE 3 CINÉMA – VEGA FILMS

『アワーミュージック』背中と正面の美学、例外的な死を想像する

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橋という真実



 ゴダールは20世紀最後の映画『二十一世紀の起源』(00)で、『勝手にしやがれ』のジーン・セバーグのアップを引用している。21世紀のゴダールは『愛の世紀』(01)で幕を開ける。美しいモノクロで撮られたパリの夜と鮮烈なカラー映像で撮られたこの作品は、長編デビュー作『勝手にしやがれ』、商業映画復帰作『勝手に逃げろ/人生』(80)に続く、ゴダールの3回目のデビュー作といえる傑作である。ゴダールは『愛の世紀』の若い女性について、「私が出会い、影の中に置き去りにしてきた女性の複製」だと語っている。続くオムニバス映画『10ミニッツ・オールダー イデアの森』(02)の一篇『時間の闇の中で』において、ゴダールは『女と男のいる舗道』(62)のアンナ・カリーナが涙を流す、あのアイコニックなクローズアップを引用している。『中国女』のヴィアゼムスキーとベルトを想起させる『アワーミュージック』のジュディットとオルガは、ゴダール映画におけるヒロインのイメージが組み合わされた“複製”といえる。赤いバックを抱え、戦後の傷跡が生々しいサラエボの町を走り抜けるオルガ。本作が21世紀ゴダールの作品群においてもっとも親しみやすさを感じさせるのは、ゴダールの映画が再び若者たちと結びついた幸福な感覚があるからだ。



『アワーミュージック』©2004 AVVENTURA FILMS – PERIPHERIA – FRANCE 3 CINÉMA – VEGA FILMS


 『アワーミュージック』はダンテの神曲に倣い「地獄」、「煉獄」、「天国」の3部で構成されている(“旅”の映画であることを示すパスポートナンバーが冒頭で表示される)。ドキュメンタリー映像とフィクション映画における戦争映像がコラージュされた「地獄」編。ロベール・ブレッソンの『罪の天使たち』(43)やフランシス・フォード・コッポラの『地獄の黙示録』(79)等、様々な映像がコラージュされているが、アルメニア人の映画作家アルタヴァスト・ペレシャンの作品が引用されていることは興味深い。ペレシャンのスペクタクルな映画は、まさしく映像の交響楽だからだ。「煉獄」編の冒頭を飾る雪景色の中を進むサラエボの路面電車は音楽であり、登場人物が階段を降りていく足の動きは、楽譜の上に描かれた音符の動きのように見える。ゴダールは“私たちの音楽”に関して、次のように述べている。


「サラエボを訪れた際、まるで路面電車が私たちに特定の音楽を聴かせているかのようでした。そこで私はそれを“ノートル・ムジーク(私たちの音楽)”と名付けました。彼らの音楽、私たちの音楽、そしてすべての人の音楽です。それは私たちを生かし、希望を持たせてくれるものです。“私たちの哲学”や“私たちの生活”と言ってもいいが、“私たちの音楽”の方が、響きが良く、異なる効果をもたらす。サラエボで私たちの音楽のどの側面が破壊されたのか、という問いもある。かつてそこにあった私たちの音楽のうち、何が残っているのだろうか?」*2


 『アワーミュージック』は、「地獄」と「天国」の間にある「煉獄」編をメインの舞台とする。ゴダールは構成においてもワン・プラス・ワンという概念における“プラス”をクローズアップしている。ジュディスは紛争中にクロアチア人によって破壊された橋、スタリ・モストの再建現場を訪れる。昨日までの隣人同士が引き裂かれたサラエボ。橋の再建を託された建築家のジル・ペクーは語る。再建の目的は、ここを訪れる観光客のためではないと。「過去を修復し、未来をつくるためだ。苦悩と罪悪感を結びつけること。二つの岸と一つの真実。それが橋だ」と。ジュディットは、川の岸辺から石を投げて遊ぶ3人のネイティブ・アメリカンの姿を視界に入れる。アメリカ合衆国建国の際に土地を追われたネイティブ・アメリカンが、取り残された亡霊のように佇んでいる。




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