ジョディともイザコザが!? 鬼才の受難
『ハートに火をつけて』から数年後、ホッパーの編集による本作のディレクターズカット版『バックトラック』が公開されたが、これを観ると彼が撮りたかったのが、そんなイビツなラブストーリーであったことがよくわかる。マイロとアンの駆け引きはより密度が濃く、アンがマイロに心を許していく過程にも説得力があるし、マイロのフェティッシュな愛情も、不思議とかわいく見えてくる。
しかし、スタジオはそんなホッパーのこだわりを認めず、エロチック要素を残してラブストーリーを短縮。アクションの派手さを強調できる部分は強調し、ヘリコプターに向かってガンガン銃を撃つ場面などを入れた。さらに、ミシェル・コロンビエがホッパーのために提供した静謐なスコアを、カート・ソベルによるドラマチックな音楽に差し替える。見比べると一目瞭然だが、『バックトラック』では音楽は最小限に絞られ、ドラマに集中させるつくりになっている。対して『ハートに火をつけて』は頻繁に音楽が鳴り、情感をやたらとあおっているのだ。これだけつくりが異なると、ホッパーが怒るのも無理はない。

『ハートに火をつけて』
一方でホッパーは撮影中もストレスを抱えていた。それはフォスターとのちょっとした確執だ。撮影初日、アンがシャワーを浴びるシーンが撮影されたが、フォスターは長々と撮られることにシビレを切らして、みずから“カット”の声をかけた。撮影現場で“カット”といえるのは監督だけだ。さすがにホッパーも怒り、“二度とそんなことを言うな”とフォスターに言い放ったという。以後、ふたりはぎくしゃくしたが、おたがいにプロだ。映画を観る限りでは、奇妙なロマンスを体現する彼らの間に、不和の影はどこにも感じられない。
現代のハラスメント意識の高まりに照らし合わせれば、フォスターの気持ちもわからないではない。しかし、インティマシー・コーディネーターも存在しなかった時代の話。裏事情を詳しく知らない一映画ファンとしては、映画の質で判断するしかない。個人的には、モザイクがかった窓に映るフォスターの肉体の描写はシュールなアートのようで、強く印象に残っている。ホッパーが表現したかったのは、このようなハッとするような映像美だったのではないか。