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『よき谷の物語』よき精霊の物語、花の声と水の音によるポリフォニー

Orfeo Iluso - Perspective Films - 3CAT - Los Ilusos Films - Los Films de Orfeo © 2025

『よき谷の物語』よき精霊の物語、花の声と水の音によるポリフォニー

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よき精霊の物語



 ゲリンの映画は精霊を呼び寄せる。音楽が演奏されるとき、教会で人々が歌うとき、デイジーの花が道をつくるとき、遊泳禁止の川で住民たちが水浴びをするとき。それらは決定的な横移動のショットで撮られる。この土地の過去と現在をつなぐ精霊のダンスを捉えるかのような、美しい横移動撮影。1930年代に残されたプライベートフィルムを元に制作された傑作『影の列車』(97)が代表的といえるが、ゲリンの映画においてゴシックホラーのような霧が風景に立ち込めるとき、それは精霊の声と対話するシーンとなる。このとき“よき谷の物語”は、“よき精霊の物語”となる。住民たちが教会で歌う「レッド・リバー・バレー」は、谷間を去っていく者に向けて捧げられている。谷間を去った者の記憶が、この土地の精霊となる。



『よき谷の物語』Orfeo Iluso - Perspective Films - 3CAT - Los Ilusos Films - Los Films de Orfeo © 2025


 都市開発により、住民たちは団地への移動を余儀なくされる。様々な移民が集うこの地区は世界の縮図であり、団地には多様な人種が集っている(集合住宅のベランダにパレスチナの国旗が見える)。サッカーをする広場、土地や農園が奪われていく。ファティマはマルメロの樹を根元から抜き、肩に担いで持っていく。都市開発の工事にあたるのが移民の労働者であることが、この問題を更に複雑にしている。インド系の幼い男の子が、再開発の風景を見ながら「前のままがよかったな」と、妹と思われる女の子に話すシーンは悲痛だ。ゲリンは集合住宅の生活を窓越しに捉えていく。ピアノを弾く老婦人。老婦人は夫が理解できないイタリア語を話す。彼女の声の弾み方自体が陽気な音楽となる。窓への景色の映り込みが、プライベートな“地図”を示す。ここにはサイレント映画における二重映しのような効果がある。景色の中に、音や声によるポリフォニーが生まれている。フォトジェニーはポリフォニーとなる。


「カメラが捉えるフォトジェニーには道徳的な価値がある。」(ホセ・ルイス・ゲリン)*


 この映画には発明のようなラストシーンが待っている。住民たちへのプレゼントのように演出された、美しく、アナーキーなラスト。人類には力があることが問題だ、力は命ではないと、劇中の老人は言った。ゲリンは力によって奪われないものを次の世代に伝えようとしている。『よき谷の物語』は、花の声に耳を傾ける。水の音に耳を澄ます。人々の営みの中で生まれたそれぞれの精霊たちは、彼らが去ったあとも、この土地と共にあり続ける。


*Bright Light Film[Articulating Desire: Talking with José Luis Guerín about The Academy of the Muses]



文:宮代大嗣(maplecat-eve)

映画批評。「レオス・カラックス 映画を彷徨うひと」、ユリイカ「ウェス・アンダーソン特集」、リアルサウンド、装苑、otocoto、松本俊夫特集パンフレット等に論評を寄稿。



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作品情報を見る



『よき谷の物語』

ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次ロードショー中

提供:マーメイドフィルム 配給:コピアポア・フィルム

Orfeo Iluso - Perspective Films - 3CAT - Los Ilusos Films - Los Films de Orfeo © 2025

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