『オー・パン・クペ』あらすじ
亡き恋人ジャンを思い返しながら、今も彼の記憶と共に生きるジャンヌ。社会の秩序やブルジョワ的世界を拒み、ビート族の世界にも居場所を見出せず、やがて死を選んだジャン。彼の死を知らぬジャンヌには、いつまでも彼が寄り添い、亡霊のように存在し続ける。
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ボーイ・ミーツ・ガール
『オー・パン・クペ』(67)は窓辺の映画である。パリに実在する“オー・パン・クペ”という名のカフェ。目の前の通りを黒いベールを纏った女性が通り過ぎる。ジャンヌ(マーシャ・メリル)はカフェの窓辺に佇み、女性たちが交わす噂話を聞いている。このカフェは彼女が恋人のジャン(パトリック・ジョアネ)と最後に会うことになる場所だ。ジャンヌとジャン。2人の名前はよく似ている。繰り返されるクローズアップ。不思議なことに、映画が進めば進むほど、2人の顔がよく似ていることに気付かされる。ある日どこかへ消えてしまったジャンのことを、彼女は待ち続ける。彼が既にこの世にいないことを彼女は知らずに生きる。強制的に中断された愛にジャンヌは取り残される。屋内にいるときのジャンヌは、頻繁に窓の外へと視線を向ける。彼女の視線が路上を通り過ぎていくイメージを捉え、物語が紡がれていく。本作においてジャンヌの視線は“カメラ”であり、“絵筆”となる。ジャンヌは女性たちの噂話の中にでてくる「写真家」という言葉に、鋭く反応する。
長編デビュー作『海辺の恋』(64)にアラン・ドロンやジャン=ピエール・レオをはじめ、錚々たるスターたちが友情出演していたように、ギィ・ジルは俳優たちに愛された映画作家である。『オー・パン・クペ』の脚本に惚れ込んだマーシャ・メリルは、この映画の製作資金を調達するためにプロダクションを立ち上げている。“マーシャフィルム”という会社名は、ジャン=リュック・ゴダールがアンナ・カリーナの名前にちなんで“アヌーシュカ・フィルム”という制作会社を立ち上げたことに倣っている。同じくクローズアップが多用されたマーシャ・メリル主演の『恋人のいる時間』(64)との関連性はあるが、むしろ相違点の方が際立っているといえる。ジャンヌ=マーシャ・メリルの小さなため息さえ聞こえてくるようなクローズアップ。ギィ・ジルの撮る女性の顔は、キャラクターの息遣いを風景や静物と等価に捉えていく。カメラによって新たに生命を与えられた顔や静物が、情熱と憂鬱をダイレクトに訴えかけてくる。

『オー・パン・クぺ』©1968 Machafilm
『オー・パン・クペ』でジャンを演じるのは、この作品以降、ギィ・ジルの映画における“オルターエゴ”となるパトリック・ジョアネだ。マーシャ・メリルは彼を起用することに積極的だったという。ギィ・ジルとパトリック・ジョアネは、フランソワ・トリュフォーとジャン=ピエール・レオ、レオス・カラックスとドニ・ラヴァンのような鉄壁のコラボレーションを築いていく。ジャン=リュック・ゴダールの『恋人のいる時間』とギィ・ジルの『オー・パン・クペ』、レオス・カラックスの『ボーイ・ミーツ・ガール』(84)は、フランス映画の美しい線でつながっている。モノローグのようなジャンの台詞、若さと結びついた彼のキャラクター、壁に痕跡を残すことへの執着、男女の美しい静止画のような構図は、『ボーイ・ミーツ・ガール』のアレックスとミレーユに通じるものがある。