『オルエットの方へ』あらすじ
9月の初め、パリで働くジョエルは、友人のカリーンと一緒に、親戚のキャロリーヌが持つ海辺の別荘にヴァカンスへ行く。ワッフルを食べたりエビをとったり、女三人、誰にも邪魔されず気ままに過ごしていたある日、偶然を装いジョエルの上司ジルベールが現れる。じつはジルベールは密かにジョエルに好意を寄せていたのだ。退屈しのぎにちょうどよいとジルベールと一緒に過ごす彼女たち。そんな時、浜辺でヨット乗りの青年と出会い、ジョエルは彼に惹かれていくのだが……。
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“アウトテイク集”のような楽しさ
史上最高のヴァカンス映画。ジャック・ロジエの映画を見ることでしか味わえない感覚がある。『オルエットの方へ』(71)を見ることでしか味わえない感覚がある。季節遅れのヴァカンス。閑散とした9月の海辺。砂浜につながる宮殿のような別荘。若い女性たちによるバカ騒ぎ。キャロリーヌとジョエルとカリーンの3人は、「オルエット」という地名の響きに、どういうわけか笑いが止まらなくなってしまう。笑いのツボに入ってしまった人を見るのは、いつだって楽しい気持ちになれる。この映画の観客は、思わず“つられ笑い”をしてしまう。“つられ笑い”の映画。「焼きウナギあります」と書かれた看板に3人は爆笑する。「カジノ・オルエット」の案内に爆笑する。『オルエットの方へ』は、思いがけない笑いに溢れている。笑い声が先行する。まるでNG集やアウトテイク集を見ているかのように、すべてが楽しい。圧倒的な大らかさがある。
カメラという遊び道具を生まれて初めて手にした子供のように、ジャック・ロジエは多動的な3人の女性を追いかける。カメラの背後にいるジャック・ロジエこそが、彼女たちのバカ騒ぎを目撃する最初の特権的な観客となる。いったいどうやったらこのような即興的、且つ無手勝流な傑作を撮れるのだろうか? この映画には、すべての瞬間が目の前で生まれていくようなスリルがある。『みんなのヴァカンス』(20)等、現代“ヴァカンス映画”の旗手といえるギヨーム・ブラック監督は、ジャック・ロジエの映画に多大な影響を受けている。ギヨーム・ブラックはジャック・ロジエとの対談の中で、そのフレッシュさ、エネルギーを的確な言葉で讃えている。「あなたの映画はすべてデビュー作のようだ」。
『オルエットの方へ』4Kレストア版 © 1973 V.M. PRODUCTIONS / ANTINÉA
ジャック・ロジエは映画制作を航海と料理にたとえている。どこに向かうのか分からない航海。エラーを歓迎する航海。行き当たりばったりの航海は、ほとんど“遭難”を楽しむことに等しい。そして最小限の素材(俳優、スタッフ、予算等)で工夫を凝らす料理。どちらも冒険である。ジャック・ロジエの唱える2つの冒険は、どちらも『オルエットの方へ』という作品に当てはまっている。
行き当たりばったりの冒険は、キャリーケースを抱え砂丘を登っていく3人の笑い声から既に始まっている。このキャリーケースの中には彼女たちの衣服が目一杯に詰め込まれていると思われる(3人の纏うバリエーション豊かなファッション、色彩は本作の大きな見どころだ!)。ジョエルのダイエット計画やカロリー計算がほとんど忘れられかけていくのと同じように、本作においては計画性よりもその場その場の思い付きが優先される。そしてベルナール・メネズが演じるジルベールの孤軍奮闘な料理のシーンをピークに、食べ物の描写は本作の重要なシーンを占めていく。