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『オルエットの方へ』アデュー・オルエット!また来年会うために

© 1973 V.M. PRODUCTIONS / ANTINÉA

『オルエットの方へ』アデュー・オルエット!また来年会うために

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宮殿の魔物、エクレアの誘惑



 ジョエルの上司ジルべールは、偶然を装ってヴァカンスについてくる。ジルべールは3人が過ごす別荘に転がり込むことに成功する。ジルべールは今回のヴァカンスをきっかけに、会社の上司と部下の関係にすぎなかったジョエルとの関係性を変えたいと思っている。しかし3人を代表してカリーンがジルべールを受け入れたのは、彼をからかうことがヴァカンスの退屈しのぎになるからだ。ジルべールに部屋は用意されない。海側にある庭でテントを張って過ごすことが提案される。ジルべールはこの状況を受け入れる。おそらくジルべールは、ジョエルとの間にある上司と部下という社会的な権力勾配を崩そうと必死になっている。ジルべールにヴァカンスの主導権はない。会社における上下関係が反転している。ジルべールはこの別荘=宮殿の3人の女王に“飼われる”。


 壁紙の色彩を含め、美しい建築デザインの別荘で繰り広げられるバカ騒ぎは、『ひなぎく』(66)の屋敷における享楽的で破壊的だった少女たちのイメージと重なる部分がある。『オルエットの方へ』における3人でエクレアを貪り食べるシーンの享楽性や、言い寄ってくるジルべールを袖に扱うメンタリティ、高いファッション性、唐突に生まれる演劇性、そして3人で踊りながら「オルエット!」と唱えるミュージカル性には、『 ひなぎく』との遠からぬ共通点がある。ショコラの誘惑。エクレアの誘惑。ヴァカンスの浮かれた享楽性のせいなのか。それともこの別荘=宮殿に潜む愉快な魔物のせいなのか。3人は子供時代に戻ったかのように無邪気にじゃれ合う。別荘の中を走り回る。笑い転げる。そして無邪気にジルべールの自尊心を傷つけていく。



『オルエットの方へ』4Kレストア版 © 1973 V.M. PRODUCTIONS / ANTINÉA


 ジャン=リュック・ゴダールによる絶賛コメントをはじめ、批評的な成功を収めながらも興行的には失敗に終わった長編デビュー作『アデュー・フィリピーヌ』(62)以降、ジャック・ロジエは再びテレビと映画の仕事を出入りしている。長編第2作『オルエットの方へ』を撮るまでの間に撮られたファッション番組では、モードな衣装を纏った女性モデルたちが出演するデザイン性の高い短編を撮っている。ジャック・ロジエ曰く、当時のフランスのテレビ番組はレイアウト、デザイン性に焦点を当てており、そこに大きな可能性を感じていたという。また「Ni Figue Ni Raisin」のようなテレビ番組ではミュージカルを演出している(筆者はこのシリーズの一篇しか見ていないが、極めてジャック・ロジエ的な演劇空間を持つ作品だった)。これらのすべての経験が『オルエットの方へ』の大胆なアプローチへとダイレクトにつながっている。別荘の階上バルコニーからの俯瞰ショットと地上から見上げる仰角ショット。女性たちが駆け足で昇り降りする階段のショット。砂浜のワイドショットをはじめとする浜辺の地形を利用した撮影など、俳優たちの即興的な演技を追いかけるカメラワークの中に、随所にデザイン性の高いショットが挿入されている。


 毛布にくるまったジョエルとキャロリーヌが向かい合い、窓際でスイーツを食べているショットが出色だ。夕暮れ時。窓の外には寄せては返す波が見える。この別荘自体が“遭難した船”のように見える不思議なショット。このとき2人は漂流者となる。ジャック・ロジエの映画にとって、漂流とは心の漂流に他ならない。別荘=宮殿にゆっくりと宵の闇が訪れる。夏休みはもうすぐ終わろうとしている。





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