アデュー・オルエット!
ジャック・ロジエの短編『新学期』(55)は、アニエス・ヴァルダ監督の『ラ・ポワント・クールト』(55)と並び、ヌーヴェルヴァーグの先駆け的作品とされている。少年は川に投げ捨てられた鞄を追いかける。ひたすら川を泳ぐ冒険映画。少年の主観ショットとして、カメラは川の水面のぎりぎりを捉え、進んでいく。少年は小さな蛇を捕まえる。フランスの田舎町の川が“ジャングル”になる。『新学期』に描かれた冒険性、水面のぎりぎりを進んでいくスリルは、その後のジャック・ロジエのすべての作品を予見していた。『オルエットの方へ』におけるヨットのシーンは、狭いヨット内における撮影の危険性を含め、極めてジャック・ロジエ的な瞬間に溢れた名シーンであり、その無謀な冒険性は長編第3作『 トルテュ島の遭難者』(76)で頂点を迎える。
ジャック・ロジエの映画における冒険性は、テレビの”生放送ドラマ“のアシスタントをしていた経験を基にしている。失敗の許されない生放送。ここでは俳優とスタッフとエキストラによる組織的な連携、緻密なシンクロが要求される。この体験は『アデュー・フィリピーヌ』に詳細に描かれていた。スタッフがカメラに映ってしまうというハプニング! ジャック・ロジエは、ぎりぎりの状態で起こる“エラー”に価値を見出している。そしてジャック・ロジエの映画の観客は、“エラー”が起こるかもしれないというスリルに参加する。『オルエットの方へ』においては“ウナギ騒動”こそ、“エラー”に他ならない。監督ですら次に何が起こるのかを楽しみにしているのが伝わってくる。観客参加型の映画。16ミリフィルムでホームムービーのような親密な距離感で撮られた本作は、まさしく私たち観客が3人の女性とヴァカンスを共に過ごす映画だ。この映画を見ている間、3人の女性と観客との間に奇妙な共同体が形成されていく。「オルエット!」という合言葉は、この共同体における共通言語になる。ヴァカンスを体験した者、映画を見た者にしか分からない秘密の言葉があるというワクワク感。キャロリーヌ、ジョエル、カリーン、そして招かれてもないのに勝手に来たジルべールは、私たちの仲間となる。
『オルエットの方へ』4Kレストア版 © 1973 V.M. PRODUCTIONS / ANTINÉA
『オルエットの方へ』は、映画を見ている間にだけ生まれる共同体を観客と形成する。私たち観客は、愉快な登場人物と一緒になって秘密基地を作る。しかし夏が必ず終わるようにヴァカンスにも終わりが訪れる。ヴァカンスの間だけ開いていたこの地域唯一のパティスリーも店を閉じる。全員が帰っていく。「また来年ね!」という果たせないかもしれない言葉のせつなさよ。大人が子供のようにバカ騒ぎすることが許された期間に終わりがやってくる。「アデュー・オルエット!また来年、必ずここに来るよ」とスクリーンに約束したくなる、かけがえのない傑作だ。
映画批評。「レオス・カラックス 映画を彷徨うひと」、ユリイカ「ウェス・アンダーソン特集」、リアルサウンド、装苑、otocoto、松本俊夫特集パンフレット等に論評を寄稿。
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『オルエットの方へ』4Kレストア版
同時開催:ジャック・ロジエ監督特集
ユーロスペースにて公開中
配給:エタンチェ、ユーロスペース
© 1973 V.M. PRODUCTIONS / ANTINÉA