© 2026 Cinéfrance Studios – Arte France Cinéma – Office Shirous – Bitters End – Heimatfilm – Tarantula – Gapbusters – Same Player – Soudain JPN Partners
『急に具合が悪くなる』あなたの視界の中で生き続ける
『急に具合が悪くなる』あらすじ
パリ郊外の介護施設「自由の庭」の施設長であるマリー=ルー・フォンテーヌは入居者を人間らしくケアすることを理想としつつ、人手不足やスタッフの無理解などに悩まされている。そんな中、マリー=ルーは森崎真理という日本人の演出家に出会う。がん闘病中の真理が演出するのは、自閉スペクトラム症の孫・智樹と行動を共にする俳優・清宮吾朗の一人芝居。真理の描く演劇に勇気をもらったマリー=ルー。同じ名前の響きを持つ偶然に導かれて、二人の交流が始まる。しかし、あるとき真理は「急に具合が悪くなる」。真理の病の進行とともに、二人の関係は劇的に深まり、互いの魂を通わせ合うようになる……。
Index
名誉を返還する
「出会う自己と他者は、完成した自分をもっていない。」(「急に具合が悪くなる」宮野真生子・磯野真穂著)
夜明けの訪れを待ちながら、この夜がずっと続けばいいと祈る映画。マリー=ルー(ヴィルジニー・エフラ)と真理(岡本多緒)。よく似た名前を持つフランスと日本の女性が偶然に出会い、夜のパリを歩く。薄暗い施設の廊下を歩く。夜が明けるまでのタイムリミットは、おそらく近づいている。コーヒーができあがるまで。カップ麺ができあがるまで。2人の会話は続いていく。時間が引き延ばされていく。末期がんを宣告されている真理のリミットを引き延ばすように。マリー=ルーと真理が、劇場の質疑応答で交わした対話からたった半日。夜のセーヌ川をゆくバトー・ムッシュ(遊覧船)の光。夜の薄れゆく光に導かれた世界が、2人の距離を縮めていく。親密さが生まれる。2人は時間の経過の遅さに驚く。過ごした時間の濃密さに感嘆する。「出会う自己と他者は、完成した自分をもっていない」。濱口竜介の新作『急に具合が悪くなる』(26)は、原作に記されたこの言葉のスピリットを探求している。マリー=ルーと真理は、互いを映す鏡となる。この映画は偶然の出会いを祝福する。発見のプロセスを祝福する。
宮野真生子と磯野真穂による往復書簡である原作を読んでいると、病気をきっかけとするこの原作が、不思議なことにあらゆる“ものづくり”に関して綴られた、極めて鋭利な作品のように思えてくる。それは作者の2人が、世界の見え方を真摯に探求しているからであろう。哲学者と人類学者が綴る、言葉という“技術”による世界の探求。また、原作に頻出する“偶然”や“確率”という言葉は、濱口竜介が探求してきたテーマであり、さらにいえば彼がリスペクトするエリック・ロメールの映画が探求してきたテーマでもある。優れた芸術は、世界の見え方を提示することで、私たちの現在に問いかける。

『急に具合が悪くなる』© 2026 Cinéfrance Studios – Arte France Cinéma – Office Shirous – Bitters End – Heimatfilm – Tarantula – Gapbusters – Same Player – Soudain JPN Partners
この映画は相手の視界に入ることを“技術”と呼ぶ。映画の冒頭、マリー=ルーは認知症患者の視界に入ることを介護士に求める。入院患者の部屋に入る方法が描かれる。侵入と抵抗の力学。マリー=ルーが責任者を務める介護施設は、認知症患者一人一人の尊厳を大切に扱っている。マリー=ルーは理想を追い求めている。プロセスに多大な時間と手間をかける。当然ながら労働力が逼迫することへの反発が生まれる(クロード・シャブロルの映画で知られるマリー・ビュネルが、マリー・ルーに反発する看護師ソフィを見事に演じている)。
患者たちのベッドの周りには、元気だった頃の思い出の写真が飾られている。静止画となった記憶が、当人だけでなく、関わるすべての人との現在をつないでいる。この施設では患者だけでなく、介護士、看護師の写真や小物が大切に扱われている。それはコミュニティに属する全員への“尊厳の返還”であり、あなたがあなたであるための“名誉の返還”のように思える。認知症患者であることは、あなたのすべてではないし、末期がん患者であることは、あなたのすべてではない。介護士や看護師の職業に就いていることは、あなたのすべてではない。では、“あなた”とは誰なのか?