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“シルビア”という永遠の未完成
フランスとドイツの国境沿いにあるストラスブール。石畳の路地。大聖堂の鐘が街全体に響く、歴史のある街。青年(グザヴィエ・ラフィット)は、この街にあるホテル・パトリシアに滞在している。6年前に“飛行士”というバーで出会ったシルビアという女性を探すために。放浪の詩人、あるいは画家のような青年は、記憶の中にあるシルビアのイメージを捕まえようとする。部屋のテーブルに置かれた地図とコースターと鍵。シルビアという秘密。秘密を解くための鍵は手元にあるが、扉だけが見つからない。青年はオープンテラスのカフェへと向かう。視界に入ってくるあらゆる女性に視線を集中させる。青年のスケッチブックには、ぼやけたシルビアのイメージと走り書きのメモが記されている。スケッチされたシルビアの肖像画は、どれも未完に終わっている。おぼろげな顔の輪郭を描くところでとどまっている。青年の心の中で生きるシルビアは、シルエットのように、または亡霊のようにストラスブールの街を彷徨い続けている。この青年にとってシルビアは、永遠の“未完成作品”だ。
ホセ・ルイス・ゲリンは、ダンテが描いたベアトリーチェ、ゲーテが描いたシャルロッテ、ペトラルカが描いたラウラといった、作家のミューズたちにこだわり続けている。『シルビアのいる街で』(07)には、“ラウラ・ジュ・テーム”という落書きがストラスブールのいろんな壁に登場する(本作の“視覚的脚本”のような、写真だけで構成された極めて美しい作品『シルビアのいる街の写真』(07)では、“ティ・アモ・ラウラ”というイタリア語の落書きが登場する)。ストラスブールという街は、ゲーテが一時的に滞在した土地でもある。

『シルビアのいる街で』© Eddie Saeta s.a./Chateau-Rouge Production
青年はカフェでシルビアを探す。視線だけが前面化する。前半の30分近くが割かれたこのシーンで、ゲリンは視線を向ける度に刻々と移り変わっていく人の顔の輪郭、その描線を徹底的に、前衛的とさえ思えるほど大胆に抽出していく。女性たちの表情の豊かさが際立っている。人間の表情とは、こんなにもダイナミックなものなのかと驚かされる。しかし、青年の視線は頻繁に邪魔される。視線の先にいる女性の手前に、無関係な男性、女性の顔が被さっていく。東欧の伝統曲「ガスン・ニグン(ストリート・メロディ)」を演奏する女性のバイオリニストたちの顔が美しく重なり合う。フレームの中で人と人の顔が混ざり合い、絵画的ともいえる奇妙な図が生まれる。いわば顔のコラージュだ。ルネサンス期の画家ジョットの作品にインスピレーションを受けたこの手法を、ゲリンは様々な作品で“変奏”している。