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『ハッシュ!』感情や価値観がぶつかり、跳ね返る。橋口流「ピンボールコメディ」の真髄

©2001 SIGLO

『ハッシュ!』感情や価値観がぶつかり、跳ね返る。橋口流「ピンボールコメディ」の真髄

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橋口亮輔フィルモグラフィの中心点として



 都市や郊外の片隅でひっそりと息づく孤独──橋口亮輔の初期作は、そんな生活の密度から人間関係を立ち上げてきた。『二十才の微熱』では、ゲイバーで体を売りながら他者と距離を置いて生きる大学生の心情が、淡々とした日常の中で静かに輪郭を得る。『渚のシンドバッド』では、複雑で未分化な想いを抱えた高校生たちの感情が、狭い世界の中で瑞々しく揺れながら交錯する。


 その延長線上にありながら、『ハッシュ!』は明らかにスケールが変わる。家族、セクシュアリティ、ケアといった主題を社会問題として概念化することなく、生活のリアリティの中にそっと置き直すことで、人物たちの関係は個人の内側だけで完結せず、様々な立場の人々が交差する「日本社会の縮図」へと広がりを獲得する。物語が進むにつれ登場人物は増え、個々の在り様は社会的ネットワークの中で再配置され、生活の密度(ミクロ)がそのまま社会の風景(マクロ)に跳躍する。ここを起点に、橋口作品は『ぐるりのこと。』や『恋人たち』へと連なり、より複層的な日本社会のパノラマへと表現が開かれていくようになる。



『ハッシュ!』©2001 SIGLO


 このようにフィルモグラフィを俯瞰すると、『ハッシュ!』は明らかに橋口亮輔の歩みの“中心点”に位置していると言うことができるだろう。プロフェッショナルとしてのキャリアの転換点であり、のちの成熟した作風を予告する節目でもある。


 そして橋口自身は、先述の「無限の荒野で君と出会う日」の中でこう書いている。「この最低があふれる世界のどこかには、最高に美しい何かも同様に存在するのです。僕は、その最高に美しい何か、あるいはそれは確かにあると思わせてくれる何かを映画で描きたいのです」。『ハッシュ!』は、その“最高に美しい何か”が、崖っぷちでつま先立ちになりながらも手をつなごうとする三人の姿に宿っている映画だ。


 橋口の作品は常に“個人”と“世界”の両方を見つめ、全身全霊の筆力で自分なりの人間賛歌を描こうとしてきた。その中でも『ハッシュ!』は、若さの軽みと力強さ、そしてポジティヴなエネルギーがもっとも鮮やかに結晶した到達点である。これより“先”に行っている映画は、まだ存在しないのかもしれない。いまの時代こそ再発見されるべき、永遠に光り輝く至極の宝物だ。



文:森直人(もり・なおと)

映画評論家、ライター。1971年和歌山生まれ。著書に『シネマ・ガレージ~廃墟のなかの子供たち~』(フィルムアート社)、編著に『ゼロ年代+の映画』(河出書房新社)ほか。「週刊文春」「朝日新聞」「キネマ旬報」「シネマトゥデイ」「Numero.jp」「Safari Online」などで定期的に執筆中。YouTubeチャンネル「活弁シネマ倶楽部」でMC担当。




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©2001 SIGLO

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