静かに崩れ、静かに立ち上がる人生の、その呼吸をまるごと抱きしめた映画がある。橋口亮輔監督が2008年に発表した『ぐるりのこと。』。人と人のあいだにしか宿らない希望を、10年近い時代と生活の変遷から掬い上げた作品だ。そして今回、2026年7月24日(金)から、『ハッシュ!』(01)と同時に4Kリマスター版としてスクリーンに戻ってきた。橋口亮輔が「人間を信じるとはどういうことか」を、大きなスケールで問い直した名作との18年ぶりの再会。2009年2月、第59回ベルリン国際映画祭パノラマ部門に正式出品され、国内でも数多くの映画賞を受賞した一本が、ついに現代の光のもとによみがえった。
橋口亮輔はこれまで6本の長編映画を発表している。そのフィルモグラフィの中で、『ぐるりのこと。』は『ハッシュ!』の達成をさらに深めた“もうひとつの中心点”と呼べる位置にあると言えるだろう。『ハッシュ!』が個人の内側から新たな関係を立ち上げる物語だとすれば、『ぐるりのこと。』は個人と社会の両方を同時に見つめる物語。『ハッシュ!』公開後、橋口自身がうつを経験し、井戸の底から這い上がるように世界へ戻ってきたその体験が、作品の根に深く沈殿している。
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平成日本の“失われた10年”を背景にひと組の夫婦の日常を描く
物語は1993年(平成5年)から始まる。出版社に勤める翔子(木村多江)と、靴修理スタンドで働いて気ままに生活費を稼ぐ夫のカナオ(リリー・フランキー)。美大の日本画専攻で知り合ったふたりは、学生時代から「くっついたり離れたり」を繰り返してきた。やがて夫婦となったものの、翔子は几帳面で真面目、カナオはルーズでマイペース。正反対の性格にも見える不思議な夫婦だ。結婚式は挙げていない。だが、ふたりの生活には確かな固有の温度がある。
ある日、カナオはテレビの美術スタッフを務める美大時代の先輩・夏目(木村祐一)から、法廷画家の仕事を持ち掛けられる。同年7月、翔子は待望の妊娠。カナオは法廷画家の職を得て、新しい環境に突入する。夫婦の暮らしは未来に向け、ゆっくりと形を帯び始めたかに見えた。
しかし1994年2月、カナオと翔子が暮らす部屋には赤ん坊の位牌が置かれていた。第一子の死去という悲劇に見舞われてから、翔子は深いうつに沈み、家の中は色が消えていくように陰りが広がっていく――。
橋口はこの夫婦の時間を、90年代日本、すなわち世紀末の象徴的な事件群と並行して描く(背景となるのは2001年7月まで。世界史で言うならアメリカ同時多発テロ事件=“9.11”の直前までだ)。ミクロとマクロが同時進行する、橋口監督のフィルモグラフィ最大の挑戦。宮﨑勤による東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件、オウム真理教の地下鉄サリン事件、阪神・淡路大震災、神戸市須磨や大阪・池田小の無差別殺傷事件など――信じられない現実が容赦なく破裂していくような出来事が立て続けに起こった時代の空気が、夫婦の生活の隙間にまで滲み込んでいく。

『ぐるりのこと。』©2008 『ぐるりのこと。』プロデューサーズ
ミクロとマクロの具体的な接続点となるのが、カナオの就く「法廷画家」という仕事だ。カナオは法廷画家として、被告人たちの“そのままの姿”をスケッチし続ける。善悪の採点をせず、ただ人間の輪郭を描く。社会の混沌を前にしても、彼の眼差しは常に個の存在へ向けられている。
2015年の次作『恋人たち』へと繋がっていく「日本社会の縮図」という橋口監督の主題は、『ハッシュ!』で萌芽を見せ、『ぐるりのこと。』において複層的なドラマの形として初めて明確な輪郭を得た。本作には台詞のある人物だけで100人以上が登場する。法廷シーンでは、『ハッシュ!』でメインキャストを務めた田辺誠一が裁判長、片岡礼子が園児殺人事件の被告。前作で蕎麦屋の店員というチョイ役だった加瀬亮は、「田中ツヨシ」という宮﨑勤をモデルとした殺人事件の被告を怪演し、強烈な印象を残した。一方でカナオと翔子の日常パートでは、安藤玉恵、内田慈、江口のりこ、黒田大輔といった、のちの橋口映画を支えるキャストも初めて顔を出す。
この“人間の総量”こそが、映画の強度を支えている。市井の夫婦の生活と日本社会の混沌が、同じ画面の中で呼吸している。橋口監督は、山田洋次監督が高度経済成長期の日本を背景に市井の家族の営みを時代の流れと重ね合わせた『家族』(70)からヒントを得て、夫婦の生活史と社会の事件史を一本のフィルムに共存させる構造を試みた。リアルを追求しながらも語り口はあえて古典的に保ち、アイリスイン/アウトなどの手法を織り込みつつ物語を紡ぐ。そのうえで俳優の芝居は徹底してリアリズムに寄せる――その精妙な均衡が作品全体のトーン&マナーを形作っている。あるいは木下惠介監督の『喜びも悲しみも幾歳月』(57)の系譜に連なる、生活と時代のクロニクル。橋口はそれを平成初期の“失われた10年”に置き換え、当時の観客に向けて再構築した。