パステルカラーから漆黒へ
本作の真の主役は、アリスでもセリーヌでもなく、彼女たちが身にまとう衣装だ。
舞台となる60年代初頭のアメリカは、ケネディ政権下で希望に満ち溢れていた時代。豊かな郊外に住む主婦たちにとって、目を奪われるほど鮮やかなパステルカラーのドレスを着こなすことは、完璧で幸せな家庭を周囲にアピールするための重要なステータスだった。
面白いのは、同じ流行の服でも、生地の質感やシルエットが二人のキャラクターを見事に可視化していること。元ジャーナリストで社会復帰を望むアリスの装いは、風にふわりと揺れるラップドレスやホルターネック。身体の動きを制限しない柔らかなドレープは、彼女の自由な精神を物語っているようだ。
対照的に、専業主婦のセリーヌには隙がない。ジャケットに、純白のグローブ、そして型崩れしない四角いハンドバッグ。当時のファッションアイコン、ジャクリーン・ケネディを思わせるクラシカルな装いは、良き妻、良き母という完璧なイメージを守り抜くための強固な鎧として機能している。

『隣人たち』© 2023 MINSTINCT INC. ALL RIGHTS RESERVED.
やがて痛ましい転落事故を境に、スクリーンからは鮮やかなパステルカラーが消え失せ、チャコールグレーやブラックといった重苦しい色調が画面を支配していく。この色彩の急変は、彼女たちの精神状態と完全にリンク。豊かな色彩でコーティングされていた郊外生活の虚構が剥がれ落ち、むき出しの猜疑心が黒い影となって日常を侵食していくプロセスを、色そのものが代弁しているのだ。
また、この映画がこれまでの古典的スリラーと決定的に違うのは、加害者と被害者の境界線がどこまでも曖昧なことだ。『危険な情事』(87)にせよ、『ミザリー』(90)にせよ、もしくは『ゆりかごを揺らす手』(92)にせよ、これらの映画では早い段階で、狂気に走る加害者と、巻き込まれた被害者という構図がハッキリと示されていた。
一方『隣人たち』では、アリスが過去に精神のバランスを崩していた事実や、事故に対する深いトラウマが描かれる。だからこそ、画面上で次々と起こる不穏な出来事が、セリーヌの仕組んだリアルな復讐なのか、アリスの壊れた心が暴走して見せている幻影なのか、観客はラストギリギリまで答えを出せない。
隣人を信じたいという思いと、日増しに膨れ上がる疑心暗鬼。観客もまた、アリスと同じように視界をぐらつかせ、誰が本当のモンスターなのか分からないまま、心理的ラビリンスをさまようことになる。
同じ間取りの家という、狂気を増幅させるプロダクションデザイン。キャラクターの内面を雄弁に語る、色鮮やかなファッション。そして、誰が真のモンスターなのか、最後まで明確な答えを出さない緻密な作劇。日常の風景を地獄絵図に反転させるその手腕は、まさにアルフレッド・ヒッチコックの系譜に連なるスリラー体験だ。
(※)https://hollywoodauthentic.com/mothers-instinct/
文:竹島ルイ
映画・音楽・TVを主戦場とする、ポップカルチャー系ライター。WEBマガジン「POP MASTER」(http://popmaster.jp/)主宰。
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『隣人たち』
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提供:カルチュア・エンタテイント 配給:ギャガ
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