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『マテリアリスト 結婚の条件』ロマコメという魔法が死んだ街の、愚かな愛の行方
2026.06.03
※本記事は物語の核心に触れているため、映画未見の方はご注意ください。
『マテリアリスト 結婚の条件』あらすじ
ニューヨークの結婚相談所で“マッチメーカーとして働くルーシー。しかし、彼女自身はマテリアリストとして、仕事一筋の独身を貫いている。そんな彼女の人生が、二人の男性との出会いと再会によって激しく揺れ動く。一人はルーシーのクライアントの兄ハリー。身長180cm、気が遠くなるほどリッチな投資家、すべてが“完璧”な彼から情熱的なアプローチを受けたのだ。一方の再会は、元カレのジョン。互いに愛し合っていたが、俳優を目指してバイトを転々とする彼との貧乏生活に耐えられず、破局した。ルーシーはハリーとの真剣交際に踏み出すが、夢を諦めないジョンへの想いも再燃。そんななか、クライアントがある事件に巻き込まれ、ルーシーは仕事も恋愛も岐路に立たされる──。
Index
スワイプと市場価値が支配する、婚活狂騒曲
自分磨きが際限なく求められ、マッチングアプリで相手をスワイプして選ぶのが当たり前になった現代。そんな時代に、ロマンティック・コメディというジャンルはどんな意味を持つのだろう。この問いに、切先鋭く鮮烈なアンサーを叩きつけるのが、セリーヌ・ソン監督の長編第2作『マテリアリスト 結婚の条件』(25)である。
前作『パスト ライブス/再会』(23)では、運命という目に見えない絆を静謐なタッチで描いたソン監督。しかし本作ではガラリと趣を変え、ハイスペックな市場価値が幅を利かせる、シビアな婚活狂騒曲にカメラを向けている。実はソン監督自身、ニューヨークで売れない劇作家だった頃、家賃を稼ぐためにマッチメイカーとして働いていた異色の経歴を持つ。実体験から生まれているからこそ、この映画は恐ろしいほどリアルで、今っぽくて、それでいて反逆的なロマンス映画に仕上がっているのだ。
物語は、意表を突くオープニングから幕を開ける。映し出されるのは、古代の穴居人たちが花を贈り合い、相手の指にそっと花をつけてあげるという、素朴な愛の儀式。そんな原始的な光景から、映画はいきなり現代のニューヨークへと切り替わる。鏡の前で隙なくメイクを施す、主人公ルーシー(ダコタ・ジョンソン)の姿。愛は人類の誕生以前から存在していたのに、いつの間にか私たちは「恋に落ちる」ということの本来の意味を見失い、それを制度や取引へと変換してしまった。この強烈ジャンプカットは、そんなことを示唆しているようだ。

『マテリアリスト 結婚の条件』Copyright 2025 © Adore Rights LLC. All Rights Reserved
主人公のルーシーは、結婚相談所のやり手マッチメイカー。身長・年齢・年収などなど、彼女の顧客が求める条件は、驚くほど生々しい。具体的な数字が機械的に並ぶ様は、まるで企業間取引や株式投資のよう。クライアントたちは一生の伴侶を探していると言いながら、実際には高いお金を払って自分の孤独を埋めてくれる「完璧な商品」を買いに来ている。そして、その露骨な取引を都合よく「愛」と呼んでいるのだ。
セリーヌ・ソン監督は、「誰もが求めるパートナーについて語る口調は、まるで買いたい車や家について話しているかのようでした。使われる言語が完全に一致していたのです。私はその不協和音が頭から離れませんでした」(*1)と振り返る。デート相手を徹底的に商品化し合う、愛とはかけ離れた現実。
おそらく『マテリアリスト』というタイトルは、マドンナの楽曲に代表されるような「物欲旺盛な人々」を皮肉っただけのものではない。そこには、「人間の価値までもが、お金やスペックという物質主義によって値踏みされているのではないか?」という、問いが込められている。