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『ルックバック』背中に宿る死者の眼差し、終わらせないための祈り

©藤本タツキ/集英社 ©2026 K2 Pictures・集英社

『ルックバック』背中に宿る死者の眼差し、終わらせないための祈り

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生者の視線から、死者の視線へ



 是枝監督が本作に出会ったのは、コロナ禍で映画や音楽が不要不急と切り捨てられ、「自分の仕事は世界に必要なのか」と立ちすくんでいた2021年の秋。品川駅の書店でふと手に取ったこの漫画に、監督は打ちのめされた。絶望的な状況でも描き続ける藤本タツキの覚悟に触れ、クリエイターとして強く背中を押されたのだ。


 背中…そう、この映画で最も重要なモチーフが、机に向かう藤野(出口夏希)の背中だ。原作漫画やアニメーション版でも象徴的に描かれてきたが、是枝監督もまた、この構図を執拗に反復している。顔はその人物が何を感じているかを直接伝えてくれるが、背中からは表情が読み取れない。つまり、背中とは常に見えないものを背負った、観客の想像力を喚起するショットなのだ。


 四季の移ろいとともに、何度もインサートされる藤野の背中。そして、この背中を見つめる主体も、物語の進行とともに変化していく。


 スクリーンを見つめているのは、もちろん我々観客だ。しかしそこには、フレームの外から母親(野呂佳代)や学校の先生(宮藤官九郎)、編集者(菅田将暉)がそっと彼女を見守っているような、温かい眼差しの気配が漂っている。大人たちの優しい視線が、いつの間にか観客である私たちの視線と静かに重なり合う。



実写映画『ルックバック』©藤本タツキ/集英社 ©2026 K2 Pictures・集英社


 ところが終盤、美大へ進学した京本(蒔田彩珠)が、見知らぬ暴漢に襲われるという理不尽な事件で命を落としてしまう。悲しみの果て、再び都会のオフィスでひとりペンを握る藤野。そこに向けられる視線は、もはや生きている大人たちの眼差しではない。是枝監督自身が「この映画は、京本の眼差しを背負った藤野の背中にたどり着く話」と明言している通り、あれは不在となった京本の眼差しなのだ。


 かつて藤野と一緒に漫画を描いていた日々、背景担当の京本はいつも藤野の後ろに座り、その背中を見つめながら作業をしていた。タイトルの「Look Back」には、後ろを見るという意味と、過去を振り返るという意味がある。誰かの背中を見つめることと、失われた過去を顧みることは同義なのだ。


 物語を見守り続ける観客は、母親や教師たちの視線をなぞって、最終的に京本の視線へと辿り着く。ラストで藤野の背中を見つめているとき、我々は死者の視線を代行する存在になっている。


 カメラに死者の視線を重ねるかのような空間設計は、これまでの是枝作品にも見出すことができる。『幻の光』では、海辺を彷徨う主人公を遠くから見つめるフィックスショットが、“あちら側”へいってしまった亡き夫の視線を想起させた。『DISTANCE』では、森を歩く生者たちを木々の陰から覗き込むようなカメラワークが、死者たちの眼差しのように機能していた。


 過去作での死者の視線が、遠くから生者を眺めるような眼差しだったのに対して、『ルックバック』はもっと親密で、もっと温かい。遠い彼岸からではなく、すぐ後ろの席から見つめているような親密さがある。そこにあるのは、かつて同じ部屋で漫画を描いていた頃の、確かな熱なのだ。




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