© Dream Space Films Ltd/British Broadcasting Corporation/The British Film Institute 2025
『URCHIN/アーチン』鋭い観察眼とユニークな人物描写が魅力、俳優ハリス・ディキンソンの初長編監督作
2026.11.04
伝統的な社会派リアリズムの系譜を受け継ぐ
本作の根底には、ケン・ローチやマイク・リー、アンドレア・アーノルドの作品に代表されるような、個々が置かれた圧倒的現実を通じて社会問題に肉薄していく、英国伝統の「社会派リアリズム」の潮流がある。
とりわけ、私が『URCHIN』を観ながら真っ先に思い出したのが、マイク・リー監督の『ネイキッド』(93)だった。同作ではデヴィッド・シューリス演じる主人公が、観客の共感をいっさい寄せ付けないまま、まるで人の生活を食い破る寄生虫のような暮らしを重ねる。我々は思う。このようにしか生きられない心の奥底には一体何があるのだろうか、と。確たる答えは提示されない。が、主人公の体内に、この時代特有の若者の鬱屈とした感情が充満していることだけは痛いほど理解できる。
翻って、ハリス・ディキンソンは長年にわたってホームレスの支援活動に携わってきた実績を持ち、政府の福祉政策や世の中の構造に関して批判的な目線を持ち続けている人でもある。
社会がいとも簡単に弱者を切り捨てたり、多様な事例を画一的に処理しようとする現代。本作を“URCHIN(「海洋生物のウニ」「はみ出し者」の他に「社会や集団にうまく適合できない者」といった意味合いさえあるようだ)”と銘打ったディキンソンが、主人公マイクの生き様を通じて、観客と共にもっと深く社会や人間について掘り下げ、問題を投げかけ、光を当てようとしているのは明らかだ。

『URCHIN/アーチン』© Dream Space Films Ltd/British Broadcasting Corporation/The British Film Institute 2025
ユーモア、マジックリアリズム、主演の存在感
しかし、ディキンソンの演出は、たえず現実を堅苦しく見つめることはしない。苦しい描写の中でも、英国映画ならではの乾いたユーモア、マジックリアリズム的な展開を挟みながら、観客を惹きつけるのが大きな特徴だ。たとえば、刑務所のシャワールームの排水口からラビットホールのように深く続いていく世界。それらを潜り抜けたところにある大自然の苔むした洞窟と巨石。ふとした瞬間に現れる謎の老婆や、ギリシア神殿のような不可思議な場所・・・。これらの超現実的な視点や描写によって、観客の中にある想像力の壁を飛び越えさせようとしているかのような試みが見て取れる。
このぶっとんだ流れが成立するのも、ひとえにマイク役を演じるのがフランク・ディレインだからだろう。彼の飄々とした魅力あってこそ、何事も根気が続かず道を逸れてしまうマイクの弱さは逆に「人間の謎」となって我々に覆い被さる。かつて『ハリー・ポッターと謎のプリンス』(09)でトム・リドルを演じた少年が、いつしかこんなナチュラルな魅力を携えた逸材になっているなんて本当に驚きだ。
もちろん、これはディキンソン監督のもたらした成果でもある。彼の同業者ならではの気配りと支えによって、ディレインがこれほどのナチュラルなキャラクターを誕生させることができたaのは言うまでもない。