宗教が及ばない自然と、“赦し”の精神を持つ先住民たち
そんな葛藤が描かれる本作『ミッション』でまず強烈な印象を残すのが、冒頭に登場するイグアスの滝の場面だ。南米の雄大な自然を背景に、十字架に縛りつけられた宣教師が激しい水の流れに呑み込まれ、滝を落下していく。人間の身体が巨大な自然に抗うこともできず、ただ流され落下していく光景は、世界には宗教が及ばない力があることを観客に刻みつける。
この落下の場面と対になるのが、グアラニーの集落に向かうため、宣教師たちがイグアスの滝を尻目に険しい崖を登っていく描写である。なかでもメンドーサは、贖罪の意味を込めて重い荷物を背負いながら登攀していく。人間の身体が重力に従って落ちる場面に対し、ここでは重力に逆らい、少しずつ上へと進んでいく。

『ミッション』© Kingsmere Productions Limited. All Rights Reserved.
上昇と下降という運動は、ヨーロッパの宗教や美術の伝統においても、さまざまな意味を担ってきた。キリスト教では、天へ向かう上昇が神聖なものへの接近を想起させる一方、神が人間の世界へ降りてくる“下降”にも重要な意味がある。いずれにせよ作り手は、鮮烈な自然の描写と上下運動のなかに宗教的で神聖な意味を託し、他者とのつながりにおける信仰の価値を見出そうとしているように見える。
そのことが最も鮮明に表れるのが、元奴隷商人のメンドーサが贖罪を求める場面だ。暴力に生きてきた象徴といえる武器や鎧を背負い、険しい滝の上を目指す。肉体を痛めつけることで罪を償おうとする彼にとって、それは自分自身に罰を与える行為でもある。しかし、彼を待ち受けていたグアラニーの人々は、彼に復讐するのではなく、背負ってきた荷物を切り離す。
自分が傷つけてきた人々から受け入れられることで、メンドーサは罪を抱えたまま他者と生き直す可能性に触れる。それは、キリスト教が説く“赦し”の精神が、キリスト教の外に生きる人々のなかにも存在することを示している。このあたりは、当時の異なる文化間の共通点や人種を超えた連帯の可能性を伝えるものだ。