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『グッドフェローズ』がギャング映画にもたらした画期的なニュースタイルとは

『グッドフェローズ』がギャング映画にもたらした画期的なニュースタイルとは


スコセッシいわく、この映画の精神は「街頭ドキュメンタリー」



 映画の冒頭は1970年。そこからヘンリー・ヒル(レイ・リオッタ)の少年時代――1950年代半ばにまで遡り、あとは時系列順に1980年代まで駆け抜けていく。いつ誰が殺されてもおかしくない一触即発のサバイバル状況の中で、我々の印象に残るのはヘンリーの馬鹿笑いや、ジミー(ロバート・デ・ニーロ)の何とも食えない顔に、トミー(ジョー・ペシ)の狂犬のようなブチ切れっぷりなど。ちなみに冨永昌敬監督は『 素敵なダイナマイトスキャンダル』(18)で、エロ雑誌業界で生きる旦那との生活に染まっていく 末井昭の妻(前田敦子)を描く際、この映画のヘンリーの妻、カレン・ヒル(ロレイン・ブラッコ)をイメージしたらしい。そして大物もザコも含め、無数の人間たちが画面に現われては通り過ぎ、不運な者は命を落とす形で続々とフレームアウトしていく。


 スコセッシ自身は、「『グッドフェローズ』の精神はドキュメンタリーだ」と題されたインタビュー記事の中で、本作で採用した演出スタイルについてこう語っている。


 「ともかく精神はドキュメンタリーだ。16ミリキャメラで、こういう連中を20年から25年追い続けたらできあがるようなものとでも言えばいいだろうか」


 「この映画はいわばモザイク、つづれ織りであって、いろんな顔がたえず出たり入ったりする」




 「私は最初の『 ゴッドファーザー』より『 ゴッドファーザーPARTⅡ』(74)のほうが好きだ。ことあるごとに言ってるんだが、『PARTⅡ』は、例えば『アーサー王の死』のような叙事詩になぞらえることができると思う。私の映画はもっと街頭ドキュメンタリーに似ている」(デイヴィッド・トンプソン&イアン・クリスティ編、宮本高晴訳『 スコセッシ・オン・スコセッシ』フィルムアート社刊より。初出は『FILM COMMENT』1990年9・10月号)。


 この叙事詩(『ゴッドファーザー』)から街頭ドキュメンタリー(『グッドフェローズ』)への流れは、東映ヤクザ映画で言うところの、任侠映画から実録路線への旋回にも似ているかと思う。だが同じく実録スタイルとは言っても、深作欣二監督の『 仁義なき戦い』(73)の荒々しい熱量に対し、『グッドフェローズ』は作りが端正であり、感触もポップでクールだ。その視座はギャングの生存競争や行動習性を一定距離から見つめる昆虫観察のようでもあり、諸行無常の感覚に貫かれた時代の風景のスケッチのようでもある。



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