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 少年と馬の境遇が映し出したのは、現代の“アメリカ”『荒野にて』

少年と馬の境遇が映し出したのは、現代の“アメリカ”『荒野にて』


 長く連れ添った夫婦の心のすれ違いと関係の不確かさを描いたイギリス映画『さざなみ』(15)で注目を浴びたアンドリュー・ヘイ監督。彼は本作『荒野にて』では、アメリカを舞台に、十代の少年の孤独な境遇を映し出している。


 老いた競走馬とともに荒野を旅する少年の姿を追いながら、本作はアメリカの僻地に広がる自然の美しさと同時に、社会の片隅に吹き溜まる醜い現実が表現される。ここでは、そんな『荒野にて』が、ある少年の“純粋な目”を通して表現した、隠された“アメリカ”の姿について考えていきたい。


 『ゲティ家の身代金』(17)でも話題を呼び、人気が急上昇しているチャーリー・プラマーは、本作で第74回ヴェネチア国際映画祭の新人俳優賞にあたる「マルチェロ・マストロヤンニ賞」を受賞している。ここでの彼が演じる15歳の少年の役名も、“チャーリー”である。


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“男らしさ”からの脱出



 物心つく前に母親に捨てられた主人公チャーリーは、歳が近い不良の兄のような、精神的に大人に成長しきれていない父親と、各地を転々と渡り歩き、いまはアメリカ北西部のポートランドで、貧しく過酷な環境に置かれ学校にも通っていない状況。父親がたまにどこかの女性を家に連れ込むのも、チャーリーには慣れっこだ。そんなでたらめな親だが、ウェイトレスの口説き方を教えたりなど、彼なりのやり方で息子に愛情をかけているのも事実で、チャーリーはそんな父親とこれからも暮らすために、児童を保護しようとする各機関の目から逃れるように暮らしていた。



 勉強やクラブ活動をやることのない、いつも手持ち無沙汰なチャーリーが、ある日その辺をぶらぶらしていると、厩舎のオーナーであるデル(スティーヴ・ブシェミ)に声をかけられる。競走馬の面倒をみる手が足りてないので、チャーリーに馬の世話をしてほしいというのだ。その後、既婚女性との関係でトラブルを起こし、その夫に怪我を負わされ入院した父親の代わりに、チャーリーは馬を飼育し、日銭を稼ぐようになる。


 “馬の世話をする”という仕事に従事する姿は、非常に“アメリカ的”に見える。競走馬の飼育とは微妙に異なるが、牧場で牛や馬の世話をする牧童(カウボーイ)は、「旧き善きアメリカ」の象徴といえる存在だ。また、馬や牛を使ったレースやロデオ大会などのイベントというのは、一般的には保守的な価値観を持った人々が多く集まる場所として知られる。




 自分が世話をした競走馬ピートに愛着を持ったチャーリーは、ピートが殺処分になることを知って動揺し、命を助けてくれるように周囲の人間に頼み込む。だが、そんなチャーリーの懇願に耳を傾ける者はない。もはや利益を生み出さなくなった馬に、これ以上のコストをかけることは、経営者にとっては無駄でしかない。あくまで馬は馬だ……そう理解せねば、その業界で何年も生きていくことはできない。


 そういう精神的なたくましさ、もしくはある種の鈍感さを得ることが、ここで生きていくということなのだろう。そんなマッチョな姿勢を体現するのがデルであり、クロエ・セヴィニーが演じる騎手のボニーである。


 同じ時期、少年の最も大事な人物が息をひきとる。「現実」がもたらす理不尽によって死んでいく人や馬たち。チャーリーは、自分が何かアクションを起こせば、そのようなどうにもならない運命に抗うことができるのではないかと考えた。そして彼は馬とともに、ポートランドを脱出することにするのだ。



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