身動きの取れない限定状況と、それを取り巻く世界
映画『裏窓』には特異なこだわりがいくつも貫かれている。例えば、全編にわたってカメラが部屋から出ることはほぼなく、物語は「窓からの眺め」だけで構成されていく。さらに「音」についても同様だ。
本作を構成する音は、冒頭に流れるジャズ・ナンバーを除いて、あとは主人公の耳がキャッチする、騒音、話し声、ラジオやレコードの音声、作曲家が奏でるメロディ、痴話喧嘩、犬の鳴き声などの生活音のみ。朝と晩とではその内容も異なり、音の大小や強弱によって何となく距離感も伝わってくる。まさに一音一音に意味があり、人々の営みが詰まっているというわけだ。この緻密なサウンド・デザインも本作の臨場感を高める大きな要因となった。
本作はよく「覗き映画」と言われる。わかりやすく言うと確かにそうである。しかし一方で、今の主人公はそうすることでしか世間と繋がれないのも事実。足を負傷して動けない境遇にある彼にとって「窓」は唯一の情報源であり、社会との接点。そこから見える風景は、世界のすべてなのだ。
『裏窓』(c)Photofest / Getty Images
これまでにも『救命艇』(43)、『ロープ』(48)、『ダイヤルMを廻せ!』(54)などで限定空間を創り出してきたヒッチコックだが、本作はまさしくその集大成と言っていい。そして私たちは本作に触れながら、「いかに限定空間を描くか?」という課題が、そのまま「いかに(その状況を取り巻く)世界を描くか?」という命題とも密接に繋がっていることを知るのである。