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ヒッチコック『裏窓』が奏でる多様な愛のハーモニー。単なる“覗き”映画などではない

(c)Photofest / Getty Images

ヒッチコック『裏窓』が奏でる多様な愛のハーモニー。単なる“覗き”映画などではない

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「クレショフ効果」がもたらしたものとは?



 改めて『裏窓』を鑑賞するにあたり、今回も対話形式で綴られた名著「映画術 ヒッチコック/トリュフォー」(晶文社)を紐解いてみよう。著名な映画監督にして評論家でもあるフランソワ・トリュフォーはこの中で、ヒッチコックに「これは『汚名』(‘46)と共に、私の最も好きなヒッチコック映画です」(P.217)と伝えるところから本作の話題を切り出している。


 原作はコーネル・ウールリッチ(ウィリアム・アイリッシュ)の短編小説。なぜヒッチコックがこの原作に惹かれたのかというと、それは「純粋に映画的な映画を撮れる可能性があったから」とのこと。すなわち、導入部として「体を動かせない男が外を眺めている」という状況があり、展開部として「彼が窓越しに見る事柄」を描き、締めくくりには「目撃した事柄に対する彼のリアクション」が描かれる。


 シンプルではあるものの、力強い三段構えだ。「これほど映画的な発想の純粋な表現方法はないだろうからね」(p.218)と語るヒッチコックが、続けて語り始めるのは「クレショフ効果」についてである。


 プドフキンによるモンタージュ理論の一節には、彼がクレショフと共に行った実験について綴った箇所がある。俳優のクローズアップの後に様々な映像を繋ぎ合わせてみたところ、後続するカットの内容次第で、その表情には全く異なる感情が浮かび上がってくるように見える、というのである。


 ヒッチコックは、この効果を『裏窓』にも巧妙に持ち込んでいる。つまりジェームズ・スチュアートのクローズアップを映し出し、それに連続する形で彼が覗き見る様々な映像を繋ぎあわせることで、全く同一の表情の中に多様な感情を浮かび上がらせることができるのである。例えば、子犬が映し出されるとそれは柔和な微笑みになり、半裸の女性が映し出されると途端に嫌らしくニヤけた表情に見えてくる、といった具合に。



『裏窓』(c)Photofest / Getty Images


 なるほど、本作は単なるサスペンスにとどまらず、ましてやウールリッチの原作短編の世界からも軽やかに飛び出し、「覗く人」「覗かれる人・物」という切り返しを用いながらリズミカルな物語を紡いでいく。そこにほとばしる豊かな感情と斬新な感覚が、限定空間に絶えずフレッシュな空気をもたらすのも、まさにヒッチコックが持ち込んだ「クレショフ効果」のなせる技と言えるだろう。



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