2019.08.22
栄冠、そして大ヒットを引き寄せた最大のスターは誰か?
信心深いキリスト教徒の殺し屋ジュールスは難役だが、タランティーノはサミュエル・L・ジャクソンを念頭に置いて、このキャラクターを作り出した。ジャクソンは『レザボア・ドッグス』のオーディションを受けたこともあり、旧知の仲。そして何より、ジャクソンはタランティーノと同様にブラックスプロイテーション映画や、アジアのカンフー映画の大ファンである。
ジュールスは殺しの前に聖書の一説を口にするが、これは日本の時代劇『影の軍団』で千葉真一ふんする主人公が敵を斬る前に、必ず口上を聞かせることへのオマージュだ。ちなみに、千葉真一は本作の撮影現場を訪問したが、いつもは自信満々で堂々としているジャクソンも、このときばかり緊張を隠せなかったという。
『パルプ・フィクション』(c)Photofest / Getty Images
『ミッション:インポッシブル』(96)シリーズでおなじみのヴィング・レイムスもまた、無名時代に『レザボア・ドッグス』のオーディションを受けて落選したひとりだが、本作では冷酷なギャングのボス、マーセルスの役を得た。
マーセルスは強面だが、不幸な偶然によって変態男たちに監禁され、レイプされるという屈辱を受ける。この難しい場面は10テイクほど撮影されたとのこと。レイムスはそのうち、9テイクで涙を流す演技をしたが、タランティーノが採用したのは涙を流さないテイクだった。いずれにしても、そんな強烈な役を演じたことで、レイムスもまた役者として名を上げることになる。
他にもエリック・ストルツやロザンナ・アークエット、『レザボア・ドッグス』組のハーベイ・カイテルやティム・ロスなど、多くのスターが出演しているが、本作の最大のスターが誰かと問われれば、タランティーノと答えざるをえない。
『レザボア・ドッグス』で映画人の注目の的となっていた彼は、これらのスターを俳優組合が規定する最低賃金で起用することができた。当時当たり前のように1,000万ドル以上の出演料を受け取っていたウィリスでさえ、他の作品よりもはるかに安いギャラで出演を快諾した。ただし、興行で儲けが出れば出るほど、俳優たちは歩合を受け取ることができる。
『レザボア・ドッグス』予告
『パルプ・フィクション』の製作費はわずか800万ドル。カンヌでパルムドールの栄冠を射止めたとはいえ、そんな映画がどれだけ稼げるのか未知数だったが、1994年10月に公開されるや1億ドル以上の全米興収を計上し、世界興収では2億ドルを突破する大成功。出演者たちがタランティーノに感謝したのは言うまでもない。
さらに翌年のアカデミー賞で、タランティーノは、古くからの盟友ロジャー・エイヴァリーとともに脚本賞の栄冠を射止めた。低予算映画にしては贅沢なほどスターたちを起用し、それが国際映画祭を制してオスカーをも射止め、興行的にも成功を収める。夢物語のように聞こえるかもしれない。しかし『パルプ・フィクション』という映画の存在は、”虚構”を颯爽と飛び越えてしまった”事実”なのだ。
文: 相馬学
情報誌編集を経てフリーライターに。『SCREEN』『DVD&動画配信でーた』『シネマスクエア』等の雑誌や、劇場用パンフレット、映画サイト「シネマトゥデイ」などで記事やレビューを執筆。スターチャンネル「GO!シアター」に出演中。趣味でクラブイベントを主宰。
(c)Photofest / Getty Images