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『ブラインドスポッティング』人種間の「盲点」に見る、アメリカの隠れた実情とは
2019.09.09
都市の高級化、ジェントリフィケーションとは
シリコン・エイジと呼ばれる近年、IT産業は世界のインフラの要といえる存在だ。オークランドの南部に位置するシリコンバレーは、IT企業の一大拠点として有名だが、この地域の勃興はオークランドでのジェントリフィケーションと密接な繋がりがある。ジェントリフィケーションとは簡単にいうと“都市の高級化”という意味で、シリコンバレーなどIT企業の富裕層が移り住んでくることで、オークランドの高級化が進み、貧富の格差を生み出すことになる。物価、家賃の高騰などで、それまで暮らしていた人々が、街を出なければいけなくなるのだ。
コリンとマイルズは、引越し業者としての仕事の中で、こうしたジェントリフィケーションによる街の変貌をまざまざと見てきた。地域の高級化によって、街を追われる人々を、だ。
『ブラインドスポッティング』(c)2018 OAKLAND MOVING PICTURES LLC ALL RIGHTS RESERVED
またオークランドとは、オーク(Oak)とランド(Land)を併せた造語で、オークとは“楢(なら)の木”のこと。ランドはそのまま“土地”を意味する。元々オークランド一帯を覆っていた楢の森に由来するそうで、オークランドの市旗にも大きな楢の木が描かれている。この楢の森を切り拓いて興した街こそが、オークランドというわけだ。この地域にかつて屹立していた楢の木のように、生粋のオークランド市民は伐採され、金持ち連中のために街を追い出されなくてはならないのだ。
黒人のコリンは、楢の木のように自分も刈られ、いずれは街を出なければならないのではないかと、危惧する。古い老木を伐採し、新しい苗木を植え付ける。それがジェントリフィケーションの現実なのだ。しかしコリンは、クイックウェイ(オークランド発のファストフードチェーン)のビーガン(絶対菜食主義者)向けハンバーガーや、高すぎるグリーンジュースなど、ジェントリフィケーションによる新しいオークランドを受け入れようとしている。街の高級化による犯罪率の低下など、ジェントリフィケーションの恩恵もあるからだ。
しかしマイルズは、イキってる連中――富裕層の移住者たち――に街を支配され、自分のアイデンティティである故郷が踏みにじられているように感じてしまう。街の変貌とともに、ふたりの関係にも次第に亀裂が入る。前述の通り、ふたりの間には人種の壁がないように思える。しかし、彼らの関係性にはある一点からでは認識できない、ある種の“ブラインドスポッティング(盲点)”が隠されているのである。
『ブラインドスポッティング』(c)2018 OAKLAND MOVING PICTURES LLC ALL RIGHTS RESERVED
この盲点のヒントとして言及されるのが、「ルビンの壺」である。壺のようにも見えるし、人の顔のようにも見える。しかし人間は、その両方を同時には認識できない。コリンとマイルズは、同じものを見ていたようで、実は違っていたということだ。ある一方は壺を、もう一方は顔として認識し、お互いに同じものを見ていたと思っていた。本作の本当のテーマは差別や二面性ではないのかもしれない。認識できないもう片方、すなわち盲点こそが本当の意味でのテーマなのだろう。
1993年5月生まれ、北海道札幌市出身。ライター、編集者。2016年にライター業をスタートし、現在はコラム、映画評などを様々なメディアに寄稿。作り手のメッセージを俯瞰的に読み取ることで、その作品本来の意図を鋭く分析、解説する。執筆媒体は「THE RIVER」「IGN Japan」「リアルサウンド映画部」など。得意分野はアクション、ファンタジー。
『ブラインドスポッティング』
新宿武蔵野館、渋谷シネクイントほかにて絶賛公開中
配給:REGENTS
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※2019年9月記事掲載時の情報です。