『帰れない二人』猛烈に発達する中国の裏側で生きる、男女二人漂泊の人生

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2019.09.16大森さわこ

チャオ・タオが見せる女心の変化

　主人公ふたりの恋愛が描かれていくが、後半に行くに従って、女性描写に比重が置かれ、裏社会で生きるヒロイン、チャオのスリリングな成長物語として手ごたえを感じる。

　チャオを演じているのは、ジャ・ジャンクー監督の公私ともに渡るパートナーのチャオ・タオ。00年の同監督の出世作『プラットホーム』でデビューし、『青の稲妻』、『世界』（04）、『長江哀歌』（06）、『四川のうた』（08）、『罪の手ざわり』、『山河ノスタルジア』（15）などに主演。監督のミューズとして約20年間に渡って彼の代表作にかかわってきたが、今回は『青の稲妻』と『長江哀愁』を意識した役作りを行ったという。それというのも、この2本は取り上げられている時代が、今回の新作と重なっているからだ（前者は01年、後者は06年が舞台）。かつて2本で演じた人物の延長上にあるヒロインと考え、名前も『青の稲妻』のチャオにし、衣装なども前2作を意識したものを着用した。

　『青の稲妻』では主人公のチンピラのうちのひとりとつきあうが、実はヤクザの恋人がいて、やがては主人公の前から姿を消す。一方、『長江哀歌』では離れて暮らす夫と正式に離婚するため、山峡ダムにやってくるヒロインを演じた。彼女は「恋人がいる」という理由で離婚を切り出すが、これは嘘で、ひとりで新しい人生に踏み出す。

　どちらも、どこかワケありの人物に思えたが、映画の中では人物たちの背景は描かれていない。「今回の映画では前2作では描けなかった人物たちの心理を見つめたかった」と監督は取材の時に答えていた。

　監督自身は『青の稲妻』、『長江哀歌』、そして、今回の映画のヒロインを同一人物と考えながら、作っていったという。

　チャオ・タオ自身は「20代から40代までのヒロインの変化を演じるのは大きなチャレンジだった」と来日会見で答えていた。ヤクザな恋人との家庭を夢見るイノセントな20代。刑務所から出て、人の世の非情さを知りつつ、新たな人生を模索する30代。自分なりの居場所を見つけ、かつて愛した男に人情は見せるものの、諦観した眼差しも見せる40代。そんな女としての成長を見事に演じ分けて、裏社会の厳しさを体で知る女の強さを見せてくれる。

　一方、リャオ・ファン演じるヤクザな男は、過去の夢にしがみつく情けない人物に思えてくる。20年を経て、まるで違う方向へと進んでいくふたりの物語が妙にリアルで、普遍的なラブストーリーになっている。

　監督の映画群の中では、最も分かりやすい作品だし、過去の2作品を見ていなくても十分楽しめると思うが、知っていれば、その奥行きの深さが伝わる。

　映像もこの映画のための撮りおろしだけではなく、過去に撮られた映像も含まれている。たとえば、ヒロインが文化センターの舞台を見ている場面。06年の舞台の映像と18年に撮られたヒロインの映像をミックスしたという。また、ＵＦＯに興味があるという監督の意図を反映して、ヒロインが旅先でＵＦＯを見る奇妙な映像も挿入される。時空を超えた、こうした不思議な映画作りがされることで、映像の多面性もある意欲作になっている。

文：大森さわこ

映画ジャーナリスト。著書に「ロスト・シネマ」（河出書房新社）他、訳書に「ウディ」（Ｄ・エヴァニアー著、キネマ旬報社）他。雑誌は「週刊女性」、「ミュージック・マガジン」、「キネマ旬報」等に寄稿。ウエブ連載をもとにした取材本、「ミニシアター再訪」も刊行予定。

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作品情報を見る

『帰れない二人』

2019年9月6日（金）より、Bunkamuraル・シネマ、新宿武蔵野館ほか全国順次ロードショー！

※2019年9月記事掲載時の情報です。