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『ロスト・ハイウェイ』実在の事件から着想を得た、記憶の乱れというテーマ

『ロスト・ハイウェイ』実在の事件から着想を得た、記憶の乱れというテーマ

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リンチ・ワールドを体現する、魅惑的なキャスティング



 きわめて不可解で、奇妙で、難解で、それでいてユーモアがある。リンチの映画は、彼の頭の中をそのまま映像として転換したような、覗き見の感覚に満ちているのだ。その複雑怪奇な頭の中を、克明に再現するとなると、俳優の手腕が試される。とくに注目したいのは、主人公フレッド・マディソンを演じたビル・プルマン、ファム・ファタルを怪演したパトリシア・アークエット、そして青年ピートを演じたバルサザール・ゲティの3人だ。


 ビル・プルマンといえば、合衆国大統領を熱演した『インデペンデンス・デイ』(96)が最も有名で、ほかには『キャスパー』(95)の父親役だったり、最近では『バイス』(18)で実在の政治家に扮したりしている。プルマンは、いわゆるクセのない正統派な役柄が多いのだが、『ロスト・ハイウェイ』では、妻殺しの容疑で逮捕されたジャズ・ミュージシャンという難役に挑み、役者としての新境地を開拓している。


 監督のデヴィッド・リンチは、前述の通り、自らの映画のヒントとなる言葉をあまり残してはこなかったが、本作『ロスト・ハイウェイ』に関しては、「O・J・シンプソン事件から着想を得た」と自身の著書の中で語っている。


 O・J・シンプソン事件とは、元プロフットボールの名選手O・J・シンプソンが、元妻とその友人を殺害したとする事件だ。逮捕令状が下ったシンプソンは警察から逃れるため、ロサンゼルスのフリーウェイで警察とのカーチェイスを繰り広げ、その模様は全米に生中継されるほどだった。その後、刑事裁判でシンプソンは無罪となったが、民事裁判では一転、有罪となっている。日本ではあまり知られていない事件だが、米国では極めて有名な事件だそうだ。


 ビル・プルマンが扮したフレッドというキャラクターは、O・J・シンプソンがモデルであるのは明らかであるし、夜のハイウェイを疾走する映画冒頭のイントロは、シンプソンと警察とのカーチェイスを意識したものか。なんにせよ、リンチが作品へのヒントを明確に残すなんて機会は極めて珍しいことである。




 フレッドの妻にして、映画のファム・ファタルを体現したパトリシア・アークエットは、レネエ/アリスの一人二役で出演している。近年では『6才のボクが、大人になるまで。』(14)でアカデミー助演女優賞を受賞し、さらなる存在感を示している。パトリシアが扮したレネエとアリスは、それぞれブルネット(黒髪)とブロンド(金髪)という、まるで異なる妖艶さを醸し出しており、その髪色の違いというのは、次作『マルホランド・ドライブ』でのリタとベティというキャラクターにそのまま受け継がれている格好だ。


 ここで特筆すべきは、青年ピート・デイトンを演じたバルサザール・ゲティだろう。ウィリアム・ゴールディングの同名文学を原作とする『蠅の王』(90)でデビューし、以降はクエンティン・タランティーノ原案の『ナチュラル・ボーン・キラーズ』(94)、英国のコミックスを映画化した『ジャッジ・ドレッド』(95)など幅広い映画に出演している。彼の曽祖父は実業家のジャン・ポール・ゲティ、父はジョン・ポール・ゲティ3世という、富豪ゲティ一族の出身だ。


 父のゲティ3世といえば、あの誘拐事件で有名だ。ゲティ3世が誘拐され、その誘拐犯がゲティ3世の“耳”を斬り落とし、家族に封筒で送り付けたという、世紀の誘拐事件のことである(この事件はリドリー・スコット監督により『ゲティ家の身代金』(17)として映画化された)。斬り落とされた“耳”といえば、リンチの前作『ブルーベルベット』(86)にも出てくる。リンチ作品とゲティ一族には妙な繋がりさえ感じてしまう。



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