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【ミニシアター再訪】 エピローグ

【ミニシアター再訪】 エピローグ


 2012年にこの企画を始めてから、都内のミニシアターの状況が変わっていった。いくつかの劇場の閉館にも立ちあった。連載中は話が出ていなかった渋谷のシネマライズも16年1月に終わりを迎えた(上の写真は閉館作品『黄金のアデーレ 名画の帰還』(15)を上映中のシネマライズ)。


 一方、新たに誕生した劇場もあった。閉館していた恵比寿ガーデン・シネマは15年にEBISU GARDEN CINEMAとして生まれ変わった。16年より休館していたシネクイントも現在は3館体制となって再始動中。18年にオープンしたアップリンク吉祥寺は5スクリーンのミニシアター・コンプレックスとして注目された。


 こうした劇場から新たな活気が生まれつつあったが、今年、かつてなかった危機に直面した。1月以降の新型コロナ問題によって、観客が減少し、4月の緊急事態宣言以後は、休館を余儀なくされた。


 こうした休館問題と共に「Save the Cinema ミニシアターを救え!」の運動が全国で盛り上がり、「ミニシアター・エイド基金」も始まり、短期間でかなりの成果を上げている。国会でもミニシアターの家賃の問題がとりざたされた。


 コロナ問題によって、改めてミニシアターや劇場文化の意味が問い直されている。


 コロナ後は配信システムもさらに存在感を増し、<仮設の映画館>のように劇場にも収益がある配信システムも誕生した(岩波ホール、ユーロスペース等も参加)。またアップリンクのように独自の配信システムをすでに導入している会社もある。


 今後発行予定の「ミニシアター再訪(リビジット)」の単行本ではこうしたコロナ後の問題も取り上げたいと思う。また、連載に登場していない劇場(アップリンク、シアター・イメージフォーラム、恵比寿ガーデン・シネマ等)の歴史や閉館レポート(シネマライズ、銀座テアトルシネマ、吉祥寺バウスシアター等)も追加予定だ。


 最後に読者のみなさまへ。31回に渡る連載を読んでいただきまして、本当にありがとうございます。この企画が読者の方にとって何かを考え直すきっかけになれば幸いです。


※以下記事は、2013年~2014年の間、芸術新聞社運営のWEBサイトにて連載されていた記事です。今回、大森さわこ様と株式会社芸術新聞社様の許可をいただき転載させていただいております。


Index


ミニシアターのある街



 2013年にスタートした連載も、岩波ホールの回で終わりを迎えた。 この連載を通じて1980年代以降の東京のミニシアターの歴史をたどり直し、当時の活力を伝えつつも、今の時代から失われたものや問題点も見つめたいと思った。


 この時代、多くのミニシアター系映画の記事を書いていたので、ミニシアターに育てていただいた、という思いもあり、その恩返しも込めて始めた企画だった。


 かつてミニシアターにかかる作品は妙に挑発的だったり、難解だったりする作品も多く、一度見ただけでは分からないものもあった。 だからこそ、その不可解さを自分なりに解釈していくことにスリルがあった。


 上映された作品がすべて傑作だったわけではないし、興行がふるわず、人知れず消えていったものもあったが、それでも不思議な魅力をたたえた映画が多かったし、そうした作品にこちらも大きな影響を受けた。


 それに劇場や配給会社を支えていた人々も個性的な人が多く、そのこだわりやチャレンジ精神にふれることが楽しかった。


 連載でご紹介した劇場をざっと振り返っておくと──。


 シネマスクエアとうきゅう、俳優座シネマテン、PARCOスペース・パート3、シネ・ヴィヴァン・六本木、ユーロスペース、シャンテ・シネ(後にTOHOシネマズシャンテ)、シネスイッチ銀座、シネマライズ、シネセゾン渋谷、シネクイント、Bunkamuraのル・シネマ、岩波ホール。


 東京のミニシアター界をひっぱってきたパイオニア的なミニシアターが中心になっている。


 その劇場がある“街”にもこだわりたいと思った。 街によって集まる観客層も違うので、それも意識しながら劇場はプログラムを組んでいた。 街が劇場の個性を作り上げたといってもいいだろう。 そして、劇場があることで、その街も特別のものに思えた。


 渋谷、六本木、新宿、銀座、神保町……。 そんな先駆的なミニシアターの街を再訪しながら、劇場だけではなく、街の表情も以前とは変わりつつあることに気づかされた。


 連載の執筆中に予期しなかった事件もいくつか起きた。 2013年5月には銀座テアトルシネマが、2014年の5月には吉祥寺のバウスシアターが閉館となった。 こうした劇場の〝ラストショー〟を取材するため、最終日に足を運んだ。


 2014年の12月には商業的なミニシアターの先駆け、新宿のシネマスクエアとうきゅうも閉館となる(この劇場だけではなく、ミラノ座、新宿東急なども入ったミラノビルそのものが取り壊しとなる)。


 銀座テアトルシネマや吉祥寺のバウスシアターは最後までその劇場らしい番組作りにこだわったが、シネマスクエアとうきゅうの場合、何年か前にミニシアターとしての役割を終えていて、今は拡大系作品をかける普通の劇場になっている。 それでも、かろうじて名前だけは残っていたわけだが、遂にビルそのものも消える。



◉草分け的なミニシアター、シネマスクエアとうきゅうが入っていたミラノビルも14年12月に閉館。ビルも取り壊しになった。




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