北海道阿寒湖畔のアイヌコミュニティに暮らす少年、カントの成長譚『アイヌモシㇼ』は不思議な吸引力で観客を作品世界に引き込んでいく。
アイヌを題材にした映画というと差別問題や複雑な歴史的背景を扱う、とっつきにくい作品と思われるかもしれない。しかし本作は北海道に暮らす少年が、自らの出自と向き合いながら、大人へと成長していく過程を瑞々しく切り取った青春映画として楽しむことができる。さらに、現代社会に暮らすアイヌの人々の独特の世界観を、コミュニティの内側からの視点のみで描き切ることで作品に鮮烈な感覚と奥行きを与えている。
本作の新鮮な鑑賞体験には、キャスティングも大きく寄与している。主要キャストを阿寒に暮らすアイヌの人々が演じており、しかも彼らは役名も含め、そこに暮らす自分自身を演じているのだ。
このようなユニークなアプローチは一体どのようにして生まれたのか。監督2作目となる新鋭、福永壮志は5年の歳月をかけ本作の完成にこぎつけた。彼がアイヌ文化と少年の成長ストーリーを融合させ、阿寒の人々に演じてもらった意図は何だったのか?
Index
- 「現代に生きるアイヌの人々」を映画に
- 役者でない人々の「表現力」を引き出すための設定
- アイヌの精神世界の集大成「イオマンテ」を描く
- 「今まで作られていないけど、作られるべきと思える題材」への挑戦
- 「芸術性もあって大衆性もあるのが映画として理想」
「現代に生きるアイヌの人々」を映画に
Q:アイヌを題材にした作品と聞いて、差別問題や和人との軋轢などが描かれるのかと想像し、少し身構えて鑑賞しました。でも少年の目を通して、アイヌ共同体の中でストーリーが展開し完結していくのが非常に新鮮でした。このようなアプローチをした狙いは何だったんですか。
福永:自分がアイヌについて魅力を感じ、色々学びたくて題材に選んだんですが、不特定多数に向けて作品を作るからには、差別や偏見が少しでも薄まる方向に持っていくような良い影響のあるものじゃないと、意味がないと思っていました。
そう考えた時、差別問題に焦点を当てるのではなく、アイヌの人たちの現代人としての自然な姿を映画という形に落とし込む方が良いだろうと。そうすることが、偏見をなくすことにも繋がると思うし、今までそういう映画が無かったので、自分が作る意味があると思いました。
Q:過去にアイヌ文化をメインの題材にした劇映画では、成瀬巳喜男監督の『コタンの口笛』(59)などがありますが、数は少ないですね。
福永:数が少ないですし、過去作ではアイヌ役を和人が演じてきています。それはアイヌの方にプロの役者さんがいないので仕方ない側面もあったと思いますが、やはり今アイヌを題材にした映画を撮るのに、それをやってしまうのは違うと思いました。
少し前にハリウッド映画で、芸者を題材にしたものがありましたが、中国人の女優が全編英語で芸者を演じていました。それに違和感をおぼえる日本人は絶対いると思うんです。アイヌを和人が演じるというのは、それと大差ないことですから。