『007 スペクター』(15)
監督:サム・メンデス 出演:ダニエル・クレイグ、クリストフ・ヴァルツ、レア・セドゥ
かつてショーン・コネリー演じる初代ボンドは、愛用のスーツは英国紳士服のメッカ、サヴィル・ロウであつらえている、ということになっている。デザインしたのは実際にそのサヴィル・ロウに店を構えるアンソニー・シンクレア。『007 ゴールドフィンガー』(64)でボンドが着るグレーの3ピーススーツがその代表作だろうか。
時代は移ろい、『007 慰めの報酬』(08)からボンドの衣装担当としてデビューしたのがトム・フォード。イタリアの老舗ブランド、グッチで培ったヨーロピアン・テイストに、母国アメリカと英国紳士服の伝統美をプラスした若干コンシャスなスーツ類は、ボンド史上最高の筋肉美を誇るダニエル・クレイグのボディに張り付き、服を介して新しいボンド像を構築してしまった。
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フォードの国籍を超越したデザイナーとしてのスキルが最大限に発揮されたのは『007 スペクター』(15)。ポスターに使われていた胸に赤い薔薇をあしらったアイコニックな純白のディナースーツ(素材にシルクを使用)、メキシコでのアクションシーンで着用していたネイビーのウィンドーペイン(窓枠格子)スーツ、メキシコで大暴れした後、”M”を訪問する時に羽織っていたシルクとカシミアで作られたファンシーなロングコート、そして、ラストで”Q”を訪ねる際に着ていたスモールチェックの3ピーススーツ、など、シチュエーションを意識したフォードの服作りは、本人も映画監督を経験しているためか、演出の一つとして見事に機能している。
それは、フォードとシリーズのコラボとしては4作目となる最新作『007 ノー・タイム・トゥ・ダイ』(21)でも同じこと。今春プロモーション用に提供されたアストンマーチンの前に佇むボンドは、プリンス・オブ・ウェールズ・チェックのスーツにネイビーのタイ、シルバーのタイピン、白いチーフというコーデ。これぞスパイ的ダンディズムの極致。これで見納めになるクレイグ・ボンドへの花向けとしては最適だろう。