コロナ禍で、多くの作品が製作や上映を延期せざるを得ない状況が続いている。映画ばかりでなく演劇や音楽ライヴなども中止が相次ぎ、今エンターテインメント業界の存続自体が危ぶまれている。そんな状況を打破しようと生まれた劇場用映画(敢えてこう強調したい)が『半径1メートルの君~上を向いて歩こう~』だ。
吉本興業が企画・製作・配給までを一手に仕切り、全国50館以上の規模で上映する。驚くべきことに同作は、企画の立ち上がりから上映までわずか半年という恐るべきスピードで製作された。その過程には展望を見失いかけている映画製作の新たな可能性を示す鉱脈が眠っている。
8本のショートストーリーで構成されたオムニバス映画である本作には、多くの芸人が参加。彼らの中に潜在する監督や脚本家、役者としての新たな才能を掘り起こし提示する、という狙いもある。そんな本作の企画から製作までを取り仕切った神夏磯秀プロデューサーに内幕を語ってもらった。
Index
- 企画から上映まで半年という前代未聞の製作スピード
- 映画製作未経験の芸人をクリエイターとして参加させた意図とは?
- 芸人が持つ寄席の感覚とオムニバス映画の親和性
- オムニバス形式だからこそ実現したスケジュール
- コロナ禍でこそ広がった映画製作の可能性
企画から上映まで半年という前代未聞の製作スピード
Q:本作の企画は、どんなきっかけで立ち上がったんですか?
神夏磯:コロナ禍の中で、吉本興業の主要事業である劇場が閉じて、お客さんを入れられない状態が続いていました。私は吉本興業の映像・デジタルコンテンツ事業の責任者をしていますが、普段制作している地上波の番組や、デジタルプラットホームのコンテンツも思うように収録ができない状況が訪れました。このままだと飲食店さんや生産者さんが苦しんでおられるのと同じように、エンターテインメントも止まってしまうんじゃないか、という危機感を覚えました。
そんな中、映画館でも上映予定だった作品がどんどん先送りになる、中止になるという話を聞いた時、逆に「この状況の中でも新しいモノって作れるんだ」という姿勢を示した方がいいんじゃないか、と思ったのがきっかけです。
もう一つは、コロナ前は、大作じゃないとなかなか映画館のスクリーン数を確保できないという状況でしたが、コロナの影響で大型作品の公開延期が続き、映画館として上映できる作品が減っている中で、このタイミングで映画を作れば、以前より上映してくれる映画館が多いんじゃないか?逆にチャンスなんじゃないか?と思い、今やるしかない、と考えました。
©「半径1メートルの君~上を向いて歩こう~」製作委員会
Q:製作はいつから始まったんでしょうか?
神夏磯:企画を考えたのは2020年の初夏。そこから必要なスタッフや、出演者、クリエイターの皆さんに一気に話をして、それで秋ぐらいに脚本を作り始め、秋の後半には撮影をしていました。企画立ち上げから2ヶ月ぐらいで撮影までやってしまいましたので、本当にみんなの熱意と勢いだけで進めました。むちゃくちゃな短距離走をクリエイターとスタッフ50人くらいで走り抜けたという感じですね。
Q:映画として、企画の立ち上がりから2か月で撮影終了、という作品はなかなかないですよね。コロナ禍では特に。
神夏磯:そうですね。もしかしたらそんな作品、世界初かもしれないですね(笑)。
Q:本作の物語世界ではコロナウイルスは存在しない設定なんですね。
神夏磯:そこはあえて触れていません。最初は、コロナをしっかり設定に取り入れるということも考えたんですが、「コロナ禍だからこそ、純粋に前向きでいい作品を作る」というポイントに集中しようと。
コロナを逆手に取った色々な作品が作られていることは知っていました。zoomという枠組みを使って遊ぶとか、自宅だけを使った物語の作品であるとか。でも私たちは、コロナを逆手に取るのではなく、真正面から「コロナの中でも元気出そう!上を向いて歩こう!」という、どストレートなものを作りたいと考えました。