大島渚と淀川長治の言葉
Q:そろそろ最後の質問です。以前PFFの会場で橋口監督をよくお見かけしました。後進の育成といいますか、これから出てくるような若手監督たちを、気にかけていらっしゃるのでしょうか。
橋口:PFFはトークショーなどで参加させてもらうことがありますね。ほかにも審査員として映画祭なんかに関わると、若手監督との交流は必ずあります。そういう映画祭で「いいな」と思った監督には声をかけて、「素晴らしかったよ」としっかり伝えることにしています。
僕の場合、映画監督になるつもりはなかったのに、たまたまPFFに入選したので、21〜2歳で東京に出て来ました。その時は大島渚監督が推薦してくださったんです。当時の大島監督といえば、「朝まで生テレビ」で声を荒げているイメージが強かったのですが、実際にお会いしたら、今まで聞いたことがないくらい優しい言葉で、声をかけていただきました。
「なぜ君はこの映画を作ったの?」と大島監督に聞かれて、「両親が離婚して、実家も住み難く、田舎を出たくて…」と答えると、「そう、両親が別れたのか…。でもね、両親の別れを経験するということは、映画監督としては大切なことなんだよ」と言ってくださったんです。当時は、自分がゲイであることは薄々気づいていましたが、それでも自分はごく平凡な人間だと思っていました。親からも「お前は平凡な人間なんだから、大学を卒業したら実家に戻ってこい」と言われていて、とにかく自分は、個性のない平凡な人間だという感覚しかなかったんです。
でもそんな人間でも、大島監督に声をかけてもらうことによって、「自分にも個性というものがあるんだ」と気づき、目の前の世界がいきなり広がった感じがしました。経験や実績をつんだ先輩が、若い人たちに声をかけるということは、とても大事なんですよね。
それは批判でもいいと思うんです。それこそ僕は『二十才の微熱』の時に、淀川長治先生にコテンパンに批判されましたから。でもそれは、的を得た愛のある批判でした。淀川先生にはさんざん怒られましたが、最後にこう言ってくださったんです。「あんたはね、1回映画を選んだのだから、最後までやりなさい。盗み働いてもいい。水しか飲めなくてもいい。とにかく最後までやりなさい。あんたはやれるから」と。これまで自分が挫けそうになった時、この言葉には何度励ましていただいたか。
だから自分が審査する時は、本気で観て本気でアドバイスするようにしています。その後、実際に映画の道に進んだ方から、「橋口さんが言ってくれた言葉を励みにやっています」と連絡をいただくと、「あぁ、よかった…」と思いますね。
脚本・監督:橋口亮輔
1962年生まれ。長崎県出身。92年、初の劇場公開映画『二十才の微熱』は、劇場記録を塗り替える大ヒット記録。2作目の『渚のシンドバッド』(95)は、ロッテルダム国際映画祭グランプリ他、数々の賞に輝いた。人とのつながりを求めて子供を作ろうとする女性とゲイカップルの姿を描いた3作目『ハッシュ!』(02)は、第54回カンヌ国際映画祭監督週間に正式招待され、世界69各国以上の国で公開。国内でも、文化庁優秀映画大賞をはじめ数々の賞を受賞。6年振りの新作となった『ぐるりのこと。』(08)は、女優・木村多江に数多くの女優賞を、リリー・フランキーには新人賞をもたらし、その演出力が高く評価された。7年ぶりの長編となった『恋人たち』(15)は、第89回キネマ旬報ベスト・テン第1位を獲得したほか、数多くの映画賞に輝いた。
取材・文:香田史生
CINEMOREの編集部員兼ライター。映画のめざめは『グーニーズ』と『インディ・ジョーンズ魔宮の伝説』。最近のお気に入りは、黒澤明や小津安二郎など4Kデジタルリマスターのクラシック作品。
撮影:青木一成
ドラマ特区「初情事まであと1時間」(全8話)
2021年7月22日(木)よりMBS・テレビ神奈川・チバテレ・テレ玉・とちテレ・群馬テレビで放送中
©「初情事まであと1時間」製作委員会