「乗り越える」こと
Q:この映画を撮ることによって、普段のお付き合い以上に一緒に過ごす時間が増えたと思いますが、 この映画を通して見つけた泯さんの新たな一面などはありますか。
犬童:『メゾン・ド・ヒミコ』を撮っているくらいの時から、泯さんは強固で強い存在だと思っていました。でも実は泯さんは、ちゃんと怖がりで恥ずかしがり屋なんです。これは今回の映画を撮るまでは分からなかったかもしれません。でも人間だから当たり前なんですけどね。
田中:「鉄の男」とか「強靭なやつ」みたいに思われているようですが、全く逆なんです。すごく気が弱いというか、「自分はどうあるべきだろうか」といつも考えてしまうんです。自分の体に対してもすごく注意深いですね。
犬童:でもだからこそ、それを知ることでより信用できるようになるんです。例えば、オイルプールでダンスを踊るシーンがあるのですが、踊りの前はオイルに入ることにすごく慎重になっていて、ものすごく怖がっているんです。過去にもオイルプールで踊ったことがあるのに、恐怖心を持っている。だけど、いざ踊り始めるとそんな恐怖心は微塵も感じさせない。
泯さんは若い時、ヨーロッパで裸で踊ったりもしてたのですが、当時の話を聞くと「めちゃくちゃ恥ずかしかった」って教えてくれるんです。でもその写真を見ると、恥ずかしさなんて全く感じさせず、堂々たる踊りを披露している。「怖い」とか「恥ずかしい」とか思っていたところから、踊って何も思わなくなっている瞬間があるんです。その乗り越える瞬間があるからこそ、すごく面白いんですよね。
『名付けようのない踊り』©2021「名付けようのない踊り」製作
田中:オイルプールの場合は、オイルが目に入ったり、誤って飲んだりしたら大変なことになるんです。とても危険なことなので、自分で恐怖心を煽っておかないと大胆になれないんです。
犬童:それをやってるからこそ、大胆になれる。
田中:そう。裸の踊りの場合は、露出するのが好きな人のように誤解されるかもしれない。そこに対する恐怖心と嫌悪感かな。また万が一、警官が来たりした場合に備えて、瞬時にコートを羽織って人の視線から逃げるように準備をしておくんです。そういった心構えができていないと、裸にはなれないんですよ。
犬童:その心構えによって、質が変わるということなんですね。
田中:そうですね。自分の心の形態がどうあれば大丈夫かを考えて、そして総点検をする。さらにそこから「やるぞ!」という勇気が必要。そのために手前でうろうろしてる時間が結構あったりもするんです。「時間ですよ」と言われてから5分位たっても始められなかったりするのは普通です。そこはものすごく臆病ですね。でもそれを乗り越えないと、おそらく僕は本当の僕個人になれないんです。
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田中泯
1945年生まれ。66年クラシックバレエとアメリカンモダンダンスを10年間学び、74年より独自の舞踊活動を開始。78年にパリ秋芸術祭『間―日本の時空間』展(ルーブル装飾美術館)で海外デビューを飾る。以降、独自の踊りのあり方「場踊り」を追求しながら、「カラダの可能性」「ダンスの可能性」にまつわる様々な企画を実施。ダンスのキャリアを重ねる一方で、57歳の頃『たそがれ清兵衛』でスクリーンデビューし、以降映画への出演多数。
脚本・監督:犬童一心
1960年生まれ。高校時代より自主映画の監督・製作を始める。大学卒業後は、CM演出家として数々の広告賞を受賞。1997 年『二人が喋ってる。』で長編映画監督デビュー。『眉山-びざん-』(07)、『ゼロの焦点』(09)、『のぼうの城』(12)で、日本アカデミー賞優秀監督賞を受賞する。主な監督作は、『ジョゼと虎と魚たち』(03)、『メゾン・ド・ヒミコ』(05)、『グーグーだって猫である』(08)、『猫は抱くもの』(18)、『引っ越し大名!』(19)、『最高の人生の見つけ方』(19)など。
取材・文:香田史生
CINEMOREの編集部員兼ライター。映画のめざめは『グーニーズ』と『インディ・ジョーンズ 魔宮の伝説』。最近のお気に入りは、黒澤明や小津安二郎など4Kデジタルリマスターのクラシック作品。
撮影:青木一成
『名付けようのない踊り』
1月28日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿バルト9、Bunkamura ル・シネマほか全国ロードショー
配給:ハピネットファントム・スタジオ
©2021「名付けようのない踊り」製作