大きな柱は若手を育てること
Q:本作で描かれる難民問題は、日本で起こっているにもかかわらず、恥ずかしながら日本人の私たちが知らなかったことを教えてくれます。この問題を映画という物語で伝える意義をどう捉えていますか?
北原:映画は現代社会を映す鏡みたいなところもあって、映画を作って行く上で社会的な視点はより求められていると感じます。逆にそういった視点がないと、私たちが扱っているような規模の映画は今なかなか成立し難い。特に海外の映画祭に行くと、その辺はより強く感じますね。社会的問題に対してどう向き合っているかが求められている。海外の映画祭を主軸に考えているわけではありませんが、そこで評価されることは、新人の監督にとっては非常に大切なことだと考えています。
今回の作品に関していうと、川和田が元々持っていた自分自身のアイデンティティと、日本でのクルド人の難民問題がちゃんと混じり合っている。映画のベースに彼女自身の問題があって、それがちゃんと社会の問題につながっていることが、作品としての強さになっていると思います。
『マイスモールランド』©2022「マイスモールランド」製作委員会
Q:今までお話を伺ってきて、そういう映画を作れる土壌を少しずつ培ってきたのがまさに分福なのかなと感じました。ただ、今の日本映画界でそういった映画を作るのはなかなか難しいのではないでしょうか。
北原:難しいというか、多分みんなやらないだけですね。特に大手映画会社は若手監督やスタッフの育成をやるべきだと思います。でもすぐには儲からないからやらない。分福は若手を育てるために場所を提供しているし、今回の作品にも5年かけているわけです。脚本を作るだけでも1〜2年は平気でかかる。その間にどうやって若手をバックアップしていくかがすごく大切で、そこに分福という場所がちゃんとあることに意味がある。生活を保障して映画を作り続けるには、やっぱりそれなりにお金はかかりますから。
でも普通の映画会社はそれが出来ない。そんなことをしてもすぐに利益を生まないし、仮に作ったところで利益を生む可能性も高くないので、そこに対して非常に腰が重い。それはよく分かるけれども、でも映画界としてはやるべき取り組みだと思います。
分福は若手が大きな柱なので、若手を育成してデビューさせることはうちの使命です。そう言うとカッコイイかもしれませんが、でもそれをやっていくことでしか意義はないというくらいの考え方でやっています。
Q:若手を育成しつつ社会性のある映画を作っているという意味では、『泣く子はいねぇが』や「潤一」(19 TV)でご一緒されている、スターサンズの河村光庸プロデューサーも同じ方向性ですよね。
北原:河村さんとはそこは一致してますね。河村さんも藤井道人監督など若手とやっていますし、活きのいい若い子が好きなんですよね(笑)。そうやって若い作家たちとやっていくことに意義を感じる人とは繋がりやすいです。バンダイさんやAOI Proさんもそこは同じで、ご理解いただいている部分はあります。
若いディレクターや若いプロデューサーをちゃんと育てていくことも、作品を作る上での一つの意義だと思うんです。いい作品ができて売れることも必要だけど、作品を作っていく中でちゃんと人が育っていくのも大事。そうしないといい循環が生まれず次につながらない。1〜2本の映画で終わる話ではなく、10年、20年と先につながっていく流れを作る必要がある。ただでさえ1本作るのに5年かかっているのに、短期で目先の利益だけを考えていたら立ち行かなくなってしまう。こういった考え方は、是枝や西川たちが今やってる「有志の会」の取り組みだったり、そういうものにも繋がっていってるんじゃないかと思います。
でもほとんどの映画会社は目先の利益しか考えていないですからね。それが会社としては必然なので、仕方ないのかもしれませんが……。それをどう宥めすかしてやっていくか。若手を育てることは、映画を作る上で最も大切なことの一つだと思うんですけどね。
Q:なかなか難しいですね……。
北原:いやあ難しいですよ!特にプロデューサーってなかなか育たないんです。だから僕も早く若手の作品のプロデューサーは引退しようと思ってるんですが(笑)。出来るだけ口を出さずに、若い方にいろいろやってもらう方がいいんだろうなと思ってます。
Q:若い方が分福に入りたいときは、監督助手を募集されているときに応募すれば良いのでしょうか。(※現在は募集されていません。最新の情報は分福HPで)
北原:そうですね。監督助手は3年に一度くらいの頻度で公募していて毎回2〜3人採用しています。選考に時間がかかるので、うちの規模だと毎年の募集はなかなか難しいんで。佐藤快磨監督は助手としては入れられなかったけど、そのとき持ってきた企画が『泣く子はいねぇが』でした。それが縁で一緒にやることになったんです。若い方の考えを聞くことは、僕たちにとって刺激にもなるし是枝や西川の作品にとっても良いこと。分福のいい循環を作るためには、若い子を入れ続けるということがすごく大切だと思っています。
Q:川和田さんも応募されて入ったんですね。
北原:はい。川和田もそうでした。すごく真面目な感じでしたよ。学生時代に撮ってるものも真面目で、自分の境遇や自分の持っているコンプレックス、それと社会に対する怒りみたいなものをすごく感じました。書いてるものも撮ってるものも、彼女自身の言動も、そういうものが最初からあったように思いますね。
Q:北原さん以外に分福所属のプロデューサーはいらっしゃるのですか?
北原:3人います。福間という是枝の海外の作品をメインでやっているプロデューサーと、田口という現場に近いところにいるプロデューサー、そして僕です。プロデューサーも育てないといけないのですが、プロデューサーって人それぞれのやり方があるしキャラクターというか個性がすごく重要なので、育てるのは一番難しいですね。
Q:最後に北原さんが影響を受けた作品や好きな監督などを教えてください。
北原:最後にいきなりきましたね(笑)。蔡明亮(ツァイ・ミンリャン)という台湾の監督の作品が好きです。だいぶアートよりな映画が多いのですが、彼の作った初期の3作品は特に好きですね。結局は若くて荒くて少し不完全なものが好きなのかもしれないです(笑)。
『マイスモールランド』を今すぐ予約する↓
企画プロデューサー:北原栄治
1976年生まれ。制作会社のディレクターを経て、2006年に是枝裕和監督作品『歩いても 歩いても』の脚本制作に参加。2014年、映像制作集団「分福」の立ち上げから分福で制作するすべての作品の企画・プロデュースに関わる。西川作品では『ディア・ドクター』『夢売るふたり』『永い言い訳』。他に『夜明け』『つつんで、ひらいて』(ともに広瀬奈々子監督)、企画・演出をしたドラマ『潤一』など。
取材・文: 香田史生
CINEMOREの編集部員兼ライター。映画のめざめは『グーニーズ』と『インディ・ジョーンズ 魔宮の伝説』。最近のお気に入りは、黒澤明や小津安二郎など4Kデジタルリマスターのクラシック作品。
撮影:青木一成
『マイスモールランド』
新宿ピカデリーほか全国公開中
配給:バンダイナムコアーツ
©2022「マイスモールランド」製作委員会