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『チケット・トゥ・パラダイス』は文句なく楽しめる【えのきどいちろうの映画あかさたな Vol.14】
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あぁ、何か久しぶりにハリウッドの大人のコメディ見たなぁという感想だ。半蔵門の東宝東和試写室を出たら、外は秋の気配だった。軍事侵攻や要人暗殺で揺れた2022年だけど、街路樹は静かに色づいていく。ショッキングな出来事に自分の暮らしまで振り回されて、すっかり忘れていたものがある。映画は人生の愉楽だ。世界がどんなに変わろうとも僕は断然、コメディの側に立ちたい。
いただいた資料によるとロマンスコメディ、通称「ロマコメ」というのだそうだ。「その起源は1930年代の”スクリューボール・コメディ”と当時呼ばれたジャンルにまで遡り、2000年代に至るまで進化し続け、花開いてきていた」が、その後、減少の一途だという。ネタバレを避けるため、物語の設定だけを明かすけれど、要するにこういう種類のコメディだ。
「ロースクールを卒業したばかりの自慢の愛娘が、卒業旅行先のバリで地元の青年と恋に落ち、電撃結婚!? 20年前に離婚し、コトあるごとに娘を間にマウントを取り合ってきた元夫婦が結託し、娘の結婚を阻止しようと南国の楽園に乗り込んでいくーー」(〈イントロダクション〉より)
これはもう三谷幸喜さんに任せたら腕によりをかけて仕上げそうなドタバタ劇の設定じゃないか。まず舞台がいい。エキゾチックなバリ島の景色。太陽に照らされ海が輝き、観客の心はパッと明るくなる。そこで恋に落ちる若い2人。そのスピード婚を押しとどめようとアメリカからすっ飛んでくる「元夫婦」。聞けばこの「元夫婦」はジョージ・クルーニーとジュリア・ロバーツの当て書きだそうだ。もう行きの飛行機からいがみ合っていて、それが不承不承、スピード婚阻止の共同戦線を張るもんだがら、ぎくしゃくして面白いったらない。これはもう、いくらでもくすぐりを入れられる素晴らしい設定だ。
まぁ、もちろんいちばんの見どころが「息のピッタリ合ったぎくしゃくぶり(?)」を見せる、ジョージ・クルーニーとジュリア・ロバーツの芝居合戦だ。華がある。説得力がある。そして遊びがある。もう見ているだけで顔がほころんでくる。こんなビッグスターがこんな芝居合戦を、毎日、撮影の度に繰りひろげたんじゃ、現場はさぞ楽しかったと思う。2人は共演作も多く、まぁ、最初に浮かぶのは『オーシャンズ11』(01)『オーシャンズ12』(04)の夫婦役だが、僕は今回、あれを上回ってると思う。とにかくナイトクラブのシーンを見てくれ。細かいことは言わない。ジョージ・クルーニーとジュリア・ロバーツのいかれぽんちっぷりを見てくれ。映画の宝石だよ。あのナイトクラブのシーンだけで、チケット代のモトは取れると思う。本当に楽しい!
『チケット・トゥ・パラダイス』© 2022 Universal Studios. All Rights Reserved.
この映画の根幹にある問いは「大人はパラダイス(幸福)を信じられるか?」ということじゃないか。20年前、破局に陥った元夫婦は、かつて若さの勢いにまかせ「恋に落ちた2人」だった。スピード婚に邁進する娘とそっくり同じことをしたと言える。そして、だからこそ苦い思いも持ち合わせている。パラダイス(幸福)は長続きしない。恋はいつか醒める。大人はそれがわかってしまう。わかっているから若い2人を止めたくなる。大人はもう「チケット・トゥ・パラダイス」を買えない。もうそんなに無邪気になれない。でも、ホントにそれでいいのか?
この映画が大人のコメディだっていうのはそこのところだ。僕の知人に神足裕司という同世代のコラムニストがいて、とても面白い人なんだけど、以前こんなことを言ってたんだ。
「息子が生まれたのは最高の出来事だった。彼を育てることで自分はもう一度、最初から人生を生き直すことができた」
僕は子どもがいないので、あぁ、そういうことなんだなぁと思った。子育ては自分の少年時代や青年時代をもう一度、たどることでもあるらしい。もう一度、やり直すことらしい。あのときうまくいかなかったことをもう一度やってみて、結局、うまくいかなくなってみたり、あのとき恥ずかしかったことにもう一度、赤面してみたり、苦しかったことを苦しんだり、嬉しかったことに嬉しくなったり、そうやってトレースすることらしい。
それは子どものことをよく見て、感じて、わかってやることでもあるけれど、同時に自分のことをよく見て、感じて、わかってやることでもある。
僕は『チケット・トゥ・パラダイス』を見て、そのコータリさんの言葉を思い出した。ジョージ・クルーニーとジュリア・ロバーツ演じる元夫婦、デヴィッドとジョージアは「恋に落ちた2人」に出くわして、そこに自分たち自身を見る。いや、これはストーリー展開じゃなくて構造の話だ。これがどんな風に転がっていくかは脚本家の腕次第。ここからどんな話にだって持っていける。
あとひとつびっくりした話。映画の間じゅうバリ島の光景に魅了されて、独身時代の旅行を思い出したりしてたんだけど、ロケはオーストラリア、クイーンズランド州沖ウイットサンデー諸島、およびその周辺が主だったそうだ。これは完全にしてやられた。
文:えのきどいちろう
1959年生まれ。秋田県出身。中央大学在学中の1980年に『宝島』にて商業誌デビュー。以降、各紙誌にコラムやエッセイを連載し、現在に至る。ラジオ、テレビでも活躍。 Twitter @ichiroenokido
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『チケット・トゥ・パラダイス』
11月3日(祝・木)より全国ロードショー!
配給:東宝東和
© 2022 Universal Studios. All Rights Reserved.
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