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『大いなる自由』セバスティアン・マイゼ監督 何故それは映画でなければいけないのか?【Director’s Interview Vol.330】
ドイツ刑法175条。1871年に制定された男性同性愛※を禁じる刑法。ナチ期に厳罰化され、戦後東西ドイツでそのまま引き継がれた。西ドイツでは1969年に21歳以上の男性同性愛は非犯罪化され、なんと1994年になってようやく撤廃された。約120年間に14万もの人が処罰されたといわれる。
この刑法によって人生のほとんどを刑務所で過ごすことになった男を描く、映画『大いなる自由』。終戦後の1945年、恋人と共に投獄された1957年、そして刑法改正が報じられた1968年と3つの時代を行き来しながら、「愛する自由」を求め続けた男の20余年にもわたる闘いを丁寧に描き出す。映画のほとんどが刑務所の中という限定空間であるにも関わらず、人生と愛を丁寧に紡ぎ、厳然たる事実を観る者に突きつけてくる。監督のセバスティアン・マイゼは如何にしてこの傑作を作り上げたのか。話を伺った。
※刑法175条は男性のみを対象としており、女性同性愛はその存在さえ否定されたことから違法と明記されていなかった。
『大いなる自由』あらすじ
第二次世界大戦後のドイツ、男性同性愛を禁じた刑法175条の下、ハンスは自身の性的指向を理由に繰り返し投獄される。同房の服役囚ヴィクトールは「175条違反者」である彼を嫌悪し遠ざけようとするが、腕に彫られた番号から、ハンスがナチスの強制収容所から直接刑務所に送られたことを知る。己を曲げず何度も懲罰房に入れられる「頑固者」ハンスと、長期の服役によって刑務所内での振る舞いを熟知しているヴィクトール。反発から始まった二人の関係は、長い年月を経て互いを尊重する絆へと変わっていく。
Index
囚われた存在を描くために
Q:圧倒的な完成度を誇り、観る者の胸を衝くメッセージがあります。こんなにもすごい映画が生まれるとは、最初から想像できていましたか?
マイゼ:映画を作っているときは全く想像できませんでしたが、この作品を作りたい気持ちは強く、この物語を信じていました。また、映画製作とは予想もしないことが起こるもの。撮影が半分近く残っているにも関わらず、コロナで撮影がストップしてしまいました。中途半端な状況で全てが止まってしまい、お金も足りなくなった。でも映画製作は、何か問題が起こったとしても、それをクリエイティブで解決することができる。コロナで撮影が止まってしまった分、編集に時間をかけることができたんです。それがこの作品を良い方に導いてくれました。どんな状況になってもオープンな気持ちで臨めば、天から素敵な贈り物が送られてくるんでしょうね(笑)。
ただし、ハンス役のフランツ・ロゴフスキはかなり大変そうでした。役作りで落とした体重がコロナ休みの間に戻ってしまい、撮影再開に向けて再び痩せなければならなかったんです。
『大いなる自由』©2021FreibeuterFilm•Rohfilm Productions
Q:ハンスとヴィクトールの関係は、年代を跨ぎながらゆっくり長い時間をかけて醸成されていきます。脚本はどのように作られたのでしょうか。
マイゼ:初稿はハンスの人生全体を描くものでした。多くの方にリサーチを行いハンスのバイオグラフィーを作り上げました。最初は塀の外での出来事も盛り込んでいましたが、彼は外に出たとしてもすぐに捕まってしまう立場。結局それは終身刑と同じなんです。それであれば、刑務所の中だけを描いた方が囚われている感覚をより表現しやすい。それで刑務所をメインの舞台と決めました。
また、時代を3つに分けることで、まるでタイムループのごとくそこから抜け出せない感じを演出できる。独房の暗闇がワープホールのようになっていて、そこに吸い込まれては他の時代に吐き出されていく。まさに囚われた存在として描くことが出来ました。
一方、ヴィクトールは人の命を奪ったことによる終身刑の身ですが、彼もハンスと同じく人生を断罪された存在。そんなヴィクトールとハンスの関係は、25年もの時間をかけてゆっくりと培われていきます。最初はお互いに自覚が無く、自分の人生においてお互いの関係性が発生するとは夢にも思っていない。そんな彼らをずっと追っていくことで、彼らの気持ちの移り変わりを描いていきました。