荒井晴彦監督の新作『花腐し』。衰退の一途をたどるピンク映画界を舞台に、ふたりの男がひとりの女との思い出を語り合う…。ただそれだけの話ではあるが、これが滅法に面白い。荒井と中野太が手掛けた脚本はもちろん、撮影の川上皓市が手がける奥行きのある分厚い画、綾野剛、柄本佑、さとうほなみのただただ巧すぎる演技と、全てが完璧に絡み合い豊潤な映画体験を提供してくれる。
荒井晴彦76歳。なぜこの人はこんなにも新しい映画を撮れるのか。なぜこの人はこんなにも自然なセリフが書けるのか。そしてなぜこの人はこんなにも面白い映画を作れるのか。映画館を出た後もその疑問が頭から離れない。荒井晴彦監督は如何にして『花腐し』を生み出したのか? 約7,000字に渡るロングインタビュー、お楽しみください。
※本記事は物語の結末にも触れているため、気になる方は映画をご覧になってから読むことをお勧めします。
『花腐し』あらすじ
斜陽の一途にあるピンク映画業界。栩谷(綾野剛)は監督だが、もう5年も映画を撮れていない。梅雨のある日、栩谷は大家から、とあるアパートの住人への立ち退き交渉を頼まれる。その男・伊関(柄本佑)は、かつてシナリオを書いていた。映画を夢見たふたりの男の人生は、ある女優・祥子(さとうほなみ)との奇縁によって交錯していく――。
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R40映画
Q:驚くほど面白かったのですが、完成した映画の手応えはいかがですか?
荒井:これは客を選ぶ作品だなと。薄っぺらい映画ばかり観ているバカが多いからね。『怪物』(23)がああやって賞をもらうんだから、俺たちは勝負にならないでしょう。って、こういうことをあんまり言っちゃいけないね(笑)。最近は、コンプライアンスとかポリコレとか、そっち側で映画の価値を決めるようになっている。当然セクハラはいけないけど、セックスシーン自体が忌避されていたり、もちろんレイプはダメだけど、レイプシーンを描くこともダメだと。それはおかしい訳ですよ。『あちらにいる鬼』(22 監督:廣木隆一、脚本:荒井晴彦)って映画をやったけど、それは井上光晴と奥さん、瀬戸内寂聴が三角関係になっている不倫の話。でもそれ自体が若い人にアウトって言われる。不倫するとテレビでは犯罪者扱いされるし、若い人はそういう風に価値観を植え付けられている。不倫の映画っていうだけで、あんまり客が来なかったりする。もう若いのは来なくてもいいんだけどね。R40って言っているんですよ(笑)。教養がないと観ちゃ駄目だよと。教養がなくても面白がれるのは山田洋次の映画でしょ(笑)。
『花腐し』©2023「花腐し」製作委員会
Q:監督されたのはこれも含めて4本と、これまで脚本を手掛けられた本数と比べると圧倒的に少ないですが、演出された映画では画や音にもこだわりを感じます。自分で書いた脚本をこれまでよく他の人に撮らせてきたなと。
荒井:そうなんですよねぇ。「『火口のふたり』より良いんじゃない」って言われたりすると、「しまった、遅かったなぁ」って思っちゃう。まして1本目を撮った後、十何年も空いちゃったしね。こんなことならもっと早くやっとけば良かったなと。若くて体力もあった時に書いたようなシナリオは、今ではもう書けないですよ。そういうのは全部、他の監督たちに吸い取られちゃったな(笑)。